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気仙沼鹿折まちづくり協議会訪問と提案型まちづくり学習

 こんにちは,B3の伊佐と澤渡です.今回は,2025年10月31日から11月1日にかけて行った鹿折調査についてご報告します.
 今回の調査では,事前勉強会から現地視察までを通して,「大船渡線跡地活用」「避難施設」「復興商店街」の3つのテーマに分かれて活動しました.

 一ノ関駅に到着後,各班で現地視察を行いました.以下に,班ごとの活動内容を紹介します.
 大船渡線班は,鹿折まちづくり協議会の会長さんにご案内いただきながら,角星小学校,上鹿折駅,金山資料館,鹿折小学校,鹿折唐桑駅を訪問しました.昨年の調査で訪れた場所もあり,1年間での変化も実感しました.現地を実際に歩き,地域の方々から直接お話を伺うことで,資料だけでは得られない多くの気づきを得ることができました.
 避難施設班は,東日本大震災後に建設された鹿折南住宅と,今年7月31日に発生したカムチャツカ地震の際に避難所として利用された鹿折中学校を訪問しました.南住宅は津波避難ビルに指定されており,災害時には屋上への垂直避難が可能です.備蓄倉庫見学と垂直避難の体験をした後,実際の避難経路を歩いて鹿折中学校を訪れました.現地では,体育館や渡り廊下などカムチャツカ地震で実際に利用された場所を見学し,当時の状況についてお話を伺いました.
 復興商店街班は,5つの事業者様にインタビューを行いました.浜商栄会に加盟している店舗と,加盟していない店舗の両方にお話を伺うことができたため,多角的な視点で当時の様子や現状を把握することができました.インタビューを通して,広報やイベント内容などのソフト面の課題のほか,世代間・店舗間の意識の違いといった組織的な課題も見えてきました.
 夜には,鹿折まちづくり協議会の皆さまと交流会を行いました.地元の方々に教わりながら魚をさばき,自分たちで調理した料理をいただくという貴重な体験ができました.3か月前からメニューを考えてくださったと伺い,温かい心遣いに感動しました.
 二日目の午前は,鹿折まちづくり協議会の方々をお迎えし,事前調査および初日に行った現地視察・インタビューの成果を各班から発表しました.その後の意見交換では,学生だけでは気づかなかった視点からの意見をいただき,大変勉強になりました.一方で,議論の進め方に課題も見つかり,今後の反省と改善につなげていきたいと思います.
 午後は,二班に分かれ,リアス・アーク美術館と,陸前高田にある東日本大震災津波伝承館を訪問しました.私たちは後者を訪れました.震災遺構として保存されている気仙中学校では,三階建ての校舎の屋上まで津波が到達したことが示されており改めて被害の甚大さを実感しました.避難できなかった人を置き去りにせざるを得なかった苦悩や,流されていく人を目の前にして何もできなかった無力感など,被災者の生の声に深い衝撃を受けました.津波映像の視聴を通して,これまで想像でしか捉えられていなかった災害の現実を強く感じました.

 今回の調査では,事前調査では見えなかった地域の実情を直接知ることができ,多くの学びと気づきを得ました.まちづくり協議会の方々から「外部からの目がなければ気づかないこともある」との言葉をいただき,私たちの活動が少しでもお役に立てたことを嬉しく思いました.
 最後に,今回の調査にご協力くださったまちづくり協議会の皆さま,インタビューを受けてくださった皆さまに,心より感謝申し上げます.

「祖霊のともしび」の運営支援ボランティアに参加して

 こんにちは.市古研究室学部4年の宇都木葵です.2025年8月14日から16日にかけて,CS-Tokyo能登半島地震ボランティアプログラムに参加し,輪島市町野町の金蔵集落で8月15日に催された「祖霊のともしび」の運営支援を行いました.今回はその報告記事を書かせていただきます.

 祖霊のともしびとは,能登半島地震の復興を願って,正願寺に 4,000本のろうそくを灯す行事です.金蔵集落は私の卒業研究の調査対象地でもあり,これまでに二度訪問したことがありましたが,ボランティアとして訪問するのは今回が初めてでした.調査対象地として集落への理解を深めるだけでなく,私自身が集落に対して何か貢献したいという思いで,今回のプログラムへの参加を決めました.

 1日目には「祖霊のともしび」の主催者である I さんからお話を伺いました.I さんは NPO 法人金蔵学校の理事長を務めておられ,多様な地域活動を手がけてこられました.金蔵学校は,最初は有志3名による「考えてみよう会」から始まり,過疎化の現実に向き合う試みでした.I さんはこの段階を「第1ステージ」とし,ただ考えるだけでは変化は生まれないとして,NPO 法人金蔵学校を設立し,食談義,パソコン教室,万燈会,特産品開発などの活動を進めてきた時期を「第2ステージ」と呼んでいます.そして今が「第3ステージ」であり,この「第3ステージ」こそが金蔵の「再生」を実現する段階であると I さんは語ります.I さんは,真の復興とはインフラや住宅を復旧することではなく,そこにある“営み”を取り戻すことだと強く強調されていました.現在 I さんは,廃寺の建物を利活用する計画を進めており,その構想には三つの柱が含まれています.第一に,来訪者が宿泊できるゲストハウスの設置.第二に,金蔵学校の活動拠点の設置.そこでは,能登再生戦略会議の設立や,果樹園づくりによる将来的な農業体験の事業化を目指す「金蔵楽園構想」などを具体化していくことが考えられています.そして第三に,地方での生活を誘致するシェアハウスとしての構想が含まれています.こうした取り組みを通じて,震災を経てもなお,地域の資源を生かしながら,集落の本質的な再生をめざす姿勢には深く感銘を受けました.

 2日目は催事準備を中心に動きました.午前中は,ろうそくをワンカップ瓶に入れ正願寺の境内に並べ,各地から寄せられた復興への願いを書いたメッセージ用紙を瓶の上にかぶせる作業を行いました.その後,開催時刻までの時間を使い,珠洲市方面を視察しました.目にしたのは激しい土砂崩れの跡,地上に設置された水道管,倒壊した家屋の瓦礫など,被災当時から手つかずのまま残る被害の爪痕でした.道中には「みんなのスーパー 長橋食堂」に立ち寄りました.長橋食堂は,ボランティアで能登に来ている女性が営む小さなお店で,1階には日用品が並び,奥には交流スペースとしてテーブルが設けられています.私たちはかき氷をいただき,立ち寄ったおばあさんが持ってこられたキュウリの漬物もお裾分けしていただきました.お店は海沿いの道に建っていますが,震災で隆起した影響で海岸線が離れて風景が大きく変わったと伺いました.また,株式会社珠洲製塩を訪れ,海辺での製塩作業や製塩所の様子を見ることもできました.

 夕方に金蔵に戻り,ろうそくの着火作業を行いました.その後,夕食にIさん特製のイノシシカレーをいただきました.前日から具材を煮込み,スパイスをふんだんに使用した本格的なカレーでとてもおいしかったです.夕食を食べ終え,日が暮れ始めると,続々と正願寺に人が集まり始めました.正願寺のお堂では,トランペットやフルート,歌のコンサートが開催されました.お盆の時期ということもあり,集落住民だけでなくその子や孫なども来場しており,コンサートでは子どもから大人までなじみのある曲が多数演奏され,特に「花は咲く」の演奏には深く心を動かされ思わず涙を流してしまいました.境内に準備したろうそくも日が暮れると一つ一つがキラキラと輝き,とても美しかったです.そして無事に,催事当日を終えることができました.

 3日目の早朝には,穴水の民選委員であるM さんのご自宅を訪問しました.M さんは,復興カフェを通じてボランティアとの関係を築いておられ,地域住民の状況を日頃から把握し,訪問記録や会話記録を残し,必要なときには役所やボランティアにつなぐ役割を担っておられます.2日目の夜にも宿泊拠点に顔を出され,お手製のおかきを差し入れてくださったり,3日目にお宅を訪問した際にも家庭菜園で育てたしそやじゃがいもを私たち全員に分けてくださったりしました.Mさん自身もご高齢でありながらアクティブで,とても温かく,かつしっかりと地域の安全・安心を見守られている方で,地域にとって欠かせない存在だと感じました.その後,正願寺に戻り,ろうそくを回収し,瓶を片付ける作業を行いました.瓶に入っていたろうそくを取り除き,コンテナに詰める作業をもって午前中にはすべての作業を終え,ボランティアとしての行程を終了しました.

 この3日間を通して,能登の方々の温かさにふれ,能登に対して調査対象地としてではなく,支える主体として受け入れていただけた実感を得ることができました.調査としての義務感や,相手に「協力していただいている」という気持ちとは別の立場で訪問することで,より深く感謝される感覚や,人の温もりを感じる機会となりました.この経験を経て,能登や金蔵との距離がより近くなったように感じ,以前にも増して金蔵を大切に思えるようになりました.

穴水町甲集落復興調査

 市古研究室学部4年の居山です.
 立秋を過ぎ,お盆休みも終わりましたが,まだまだ暑い日がつづきますね…. 残暑厳しい中,皆様はいかがお過ごしでしょうか.
 私は資格勉強と旅行計画に追われる毎日を過ごしています.
 さて今回は,今年7月20日から21日にかけて実施した,穴水町甲地区での卒業研究調査についてお伝えしたいと思います!
 市古研究室では,昨年1月の能登半島地震以降,昨年9月,今年3月の計2回の復興ナラティブ調査を実施してきました.
 昨年9月の調査は,私がこの研究室に配属されてから間もない時期で,慌ただしくも充実した3日間を過ごしたことを今でも鮮明に覚えています(笑)
 そして,この調査での経験をきっかけに,卒業研究では「能登復興」を考えたいと強く思うようになりました.
 特に印象に残ったのが,私が研究対象地として設定している,穴水町の「甲」という集落です.能登半島の東側に位置する沿岸集落で,東は富山湾,三方は山に囲まれた,日本の原風景を留める自然豊かな場所です.
 調査にて複数の被災地を巡るなかで,甲は,特に「復興によって明るい兆しが見えるのではないか」と感じました.
 お話を聞かせていただいた方から「甲を絶対になくさない」という思いを聞いて,この集落の復興の様子を追いたい,何か自分にできることはないか,と考えるようになりました.そして,私は「復興するコミュニティにおける居住環境の現状と課題-2024年能登半島地震,石川県鳳珠郡穴水町甲地区を対象として-」というテーマで卒業研究を進めることとしました.
 「居住環境」という言葉の定義は一概には難しいのですが,被災地において特に重要な論点は,①安全性,②利便性の2点だと考えています.私の研究においては,前者については人的交流や地域コミュニティを,後者については買い物や交通について焦点を当てています.甲で暮らす方々を取り巻く「居住環境」の現状を明らかにすることで,この集落の集落の持続可能性を考える一助になればなと.さらに,甲には,「穴水町甲復興団」という復興のキーパーソンが存在します.地元出身の若手メンバー数名によって立ち上げられたこの団体は,毎月1回,集落内の公民館で「甲復興カフェ」を開催しています.誰でも気軽に参加できるこのカフェでは,地域内外の人々が集い,お茶やお菓子を囲みながらざっくばらんに話をすることができる場となっています.3月の調査ではこれを対象に参与観察調査を実施しています.
 
 また,甲復興団の新たな取り組みとして,廃線となった旧のと鉄道能登線の甲駅を活用して賑わい拠点をつくろうという動きがあります.ですが,復興団について書こうと思うととても長くなってしまうので,気になる方は復興団の公式Instagramを是非覗いてみてください!(@anamizu_kabuto_fukkodan)
 そして今回,復興団が主催する「甲駅ランチマーケット」の参与観察調査と,居住環境に関する住民インタビュー調査を行うため,単独調査を実施しました.(同行してくださった市古先生,本当にありがとうございました!)
 7/20,午前の便で羽田空港から能登里山空港に向かい,正午前には甲に到着しました.北陸とはいえ東京と変わらないほど暑く,車から降りて直ぐに汗が噴き出てきました….甲駅前の広場に向かうと,既にランチマーケットが始まっていました.キッチンカーのほか,テントブースでは,餃子やビール,更には復興団のメンバーがつくった野菜やお菓子などが売られています.さらに,穴水町の中心部にあるお蕎麦屋さんの店主による「そば打ち体験」も開催され,会場は賑わいをみせていました.しかし,3月に調査した復興カフェと比べると,他の地域からの参加者はあまりみられませんでした. ただ,当時は構想段階だった「甲駅での賑わいづくり」が,このように実際に形になっているのを目の当たりにしたことで,甲の復興の歩みを確かに感じました.復興団のメンバーをはじめ,甲の方々は,私達のようないわゆる「よそ者」に対しても温かく接してくださいます.ランチマーケットでうろうろしている私達にも気さくに声をかけてくださり,なんと甲の海で採れたサザエの浜焼きを食べさせていただきました!(人生初のサザエでした)
 その日の夜には,復興団メンバーのご家族のお宅にお招きいただき,家庭菜園で採れた食材を使った手料理までご馳走になりました….まるで親戚の家に帰省したような感覚で,一瞬,調査だということを忘れてしまいそうでした(笑)
 
 さて,2日目は,居住環境に関する住民インタビューを行いました.冒頭にてお伝えしたとおり,私の研究では地域コミュニティや買い物,交通に焦点を当てていますが,今回の調査では特に「買い物」事情に関してお話を伺いました.調査に協力してくださった女性お二人は,とてもパワフルな方々で,こちらの質問にも丁寧にお答えくださいました.普段の買い物場所やそこまでの移動手段,さらには住宅の再建に関する問題や復興に向けた不安など,住民目線で見る居住環境の現状について,細かく教えていただくことができました.
 お話のなかで特に心に残ったのは,かつて甲にあった5つの個人商店についてのエピソードです.インタビュー対象のお二方とも,実際にその商店を経営されていた方でした.しかし,今回の地震の影響によって廃業を余儀なくされたとのことです.前日,自宅に呼んでいただいた方に,その商店について伺ったところ,『毎週決まった曜日は仕事を早く切り上げ,そのお店に寄って,お酒を1杯呑んでから家に帰る.行くとつまみも出してくれる.』と教えて頂きました.これらの商店は,単なる買い物場所としてだけではなく,地域住民の憩いの場としても重要な役割を果たしていました.
 しかし,この甲の風景は,地震によって失われました.
 一度失われたものを元に戻すことは非常に困難です.それでも,甲の方々は「もう一度その風景を取り戻したい」と思っているのではないでしょうか. 
 そして,復興団はその思いを受け止め,復興に取り組んでいるように感じます.
 
 こうした甲の方々に対して,私ができることは,居住環境の現状を記録し,分析・考察を通して地域の方々に還元することだと思っています.
 卒業研究の最終地点であるポスターセッションまであと半年ほどですが,研究,旅行,研究,資格,研究…, それぞれを全力で取り組み,やり切りたいと思います.


 いまを大切に,頑張ります.

気仙沼鹿折まちづくりワークショップ・アクションリサーチ

 こんにちは!学部3年の伊東です.
 2023年10月,宮城県気仙沼市を中心に2日間調査に行って参りました.東日本大震災後,私は初めて東北へ足を運ぶことができました.大学での講義等を経て学んだこと・その地域を実際に目で見ることができ,とても貴重な体験となりました.

 10月28日の午前中は世界文化遺産に登録されている中尊寺を訪れました.3000点以上の国宝・重要文化財がある中,金色堂の迫力には圧倒されました.東北が誇る財産を短い時間ながらも堪能することができました.
 次に陸前高田市まで移動し,いわてTSUNAMIメモリアル周辺を探索しました. 私含め,学生一同は時間を忘れてしまうほど美しい海を眺めていました.ただ,少し視線をずらしてみると津波の犠牲者を追悼する献花台が設けられていました.心の準備はしていたものの,少し心が締め付けられる感覚がありました.堤防を歩くとすぐに奇跡の一本松が姿を現し,復興のシンボルとして大切に保存整備されていました.松の下では,手を合わせて復興を祈る方も見受けられました.そんなモニュメントから歩いて数分の場所に気仙沼市立中学校があります.震災当時,当中学校には屋上を超える津波が襲いました.私はデータ上の数値を調べた印象よりも,残された建物や記録から受け取るイメージはより恐怖を感じました. 綺麗な風景と震災の記憶はかけ離れた存在であり,照らし合わせることは簡単ではありませんでしたが,調査員一人一人が何かを感じて持ち帰ることができたと思います.

 初日の最後は気仙沼大島を訪れました.天気にも恵まれ,亀山展望台では気仙沼湾をはじめ海岸の大パノラマを満喫することができました.展望台までは険しい道が続いていたので,途中で休憩を挟みながら,そして学生同士で楽しくコミュニケーションをとりながら山頂を目指しました.気仙沼は2021年前期放送の連続テレビ小説「おかえりモネ」の舞台であることから,山頂では関連したBGMが流されていました.ゆったりとした曲調は感動的な眺望と調和しており,心地の良い時間を過ごすことができました.

 2日目の午前中は鹿折まちづくり協議会が実施する「東中才防災まち点検・防災ウォークラリー」に参加させていただきました.まち点検では,地域内の危険な場所を実際に見て確認し合い,地図上に危険個所をマーキングし,改善のアイデアを話し合います.最終的に地域全体で点検の結果を共有し,質疑応答を行うことによって,地域への理解を深めていました.私の担当ではありませんでしたが,ウォークラリーでは小学生と一緒に通学路の危険スポットを巡り,各チェックポイントにおいて災害に関係したクイズを出題することで,年齢に関係なく防災を知ってもらう機会となりました. このように地域全体を巻き込んで,住んでいる地域の危険性を共有し合い,またその対策を行政に任せるのではなくまずは地域で対応できる力を身に付けるという姿勢は今後のまちづくりの在り方として重要な点であると思いました.結果的に地域内でのコミュニケーションが増えるだけでなく,地域を知り,街への愛着も根付いていくとも私は感じました.

 その後,気仙沼の海岸に沿って南下しました.まず災害公営住宅である長磯浜住宅地を散策しました.今回の調査の責任者である市古教授は長磯浜の復興まちづくりに大きく携わっており,当時の状況を住宅地を周りながら解説していただきました.
 その後車で数分の場所に位置するお伊勢浜に向かいました.震災以前は環境庁の「海水浴場百選」の1つに選ばれるほど賑わっていた海でした.今回の調査では数人がサーフィンしている姿を見かけ,復興の兆しを目にすることができました.
そして調査の締めくくりとして大谷海岸を訪れました.道の駅は深海誠監督の「すずめの戸締り」の舞台ロケ地であり,聖地巡礼のような形になり,私自身とても興奮しました.大谷海岸は砂浜再生まちづくり事業として,減災機能を向上しつつ地域コミュニティの醸成に成功した事例として有名です.計画では行政に対して住民も積極的に意見交換を行い,両者が並走して事業を進めていくことができました.夏には海水浴場として多くの観光客が集まり,憩いの場として人気のスポットにもなっているようです.

 私は今回の調査で改めて被災地に出向いて,震災遺構や記録から自分なりに何かを考え,持ち帰ることの大切さを学びました.自らが進んで獲得した知識や思いはそう簡単には離れません.正常性バイアスの考えから,常に防災意識を持つことは難しいといわれています.ただその現地での思いが残っているのであれば,ふとした時にさらに深く考え,行動に移すことができると思います.結果として防災意識が向上し,災害の際に活かせるはずです.
 初めてのブログ投稿となりました.拙い文章でしたが,最後まで読んでいただきありがとうございました.

以下,参加メンバーの「感想レポ」

  • 二日間を通して多くの場所に訪れましたが,陸前高田が最も印象深かったです.旧:陸前高田市立気仙中学校とタピック45はどちらも建物上部にまで津波が到達したことから,当時の津波の威力を改めて実感することができました.しかし,旧:陸前高田市立気仙中学校は日ごろの避難訓練,タピック45は避難設備により犠牲者が出なかったため,日ごろの備えによって得られた実績も同時に実感することが出来ました.今回は事前学習会の実施により,概要を知ったうえで見学することができ,去年よりも良い震災遺構見学を行えました.皆様,事前学習会の準備ありがとうございました.防災まち点検だけでなく,防災ウォークラリーも通して,多様な世代間で交流することができたため,今回の鹿折ワークショップは,将来の鹿折地区のまちづくりを考えることに貢献することができたのではないかと思います.今回も含めた防災まち点検の成果は仕上げるので,来年以降も,特に今回初参加となったB3と研究生には,研究室での重要な活動の一つとして関わり続けてもらいたいです(T.S.)
  • 皆さんお疲れ様でした.この2日間でいろいろなところに行けて,とても勉強になりました.【中尊寺】14,15年ぶりに行きました.高校では日本史を選択していたので,復習してから行けばよかったなと思いました.旅の始まりにパワーをもらえた気がします.【陸前高田】メディアではよく見る一本松ですが,実物を見たのは初めてです.津波の威力の強さを感じました.【大島】架橋されているおかげで,好きなタイミングで好きな時間だけ訪問・滞在することができましたが,フェリーしかなかったとき,特に災害時は大変だっただろうなと思います.今回は橋を利用しましたが,船でも行ってみたいと思いました.【内湾】熊本とはまた違った復興住宅が見学できました.公民館のような,地区の住民の交流スペースが熊本よりも少ないと感じました.また,庭に漁の道具が置いてある家も多く,漁師町であることが伝わってきました.【お伊勢浜】去年は伝承館の屋上から眺めるだけでしたが,今年は海に近づくことができてよかったです.海の色の感じや,海水がベタベタする感じが東北の海だな~~と思いました.また,堤防を上がったり下りたりしたので,堤防の大きさも実感しました.駐車場にはサーフィンをしに来た人もいて,海水浴場としての一面を見ることもできました.【大谷海岸】お伊勢浜との違いは海と人との距離の近さにあると感じました.道路や道の駅,BRTが近くにあり,海と賑わいの結びつきがみられるエリアだと思いました.震災前も観光地として栄えているエリアだったようなので,その雰囲気との連続性があって良いと思いました(H.W.)
  • 昨年は西中才地区のまち点検に参加させていただいきましたが,今年度は小中学生とその保護者の方を対象とした防災ウォークラリーを担当しました.去年とは違った内容でしたが,様々な世代を巻き込んで行うことも地区のコミュニティ維持には必要なんだなと改めて感じました.被災した方の体験談を直接お聞きするのは初めてでした.70代でも防災士の講座を取るなど,とても意欲的で,こちらが逆にパワーをもらったような気がしました.時間の関係でおひとりの方の体験談のみでしたが,また機会があれば体験談を聞いてみたいなと思いました.島雄幹事ありがとう!去年行けなかったところも行けてとても勉強になったし,B3とも親睦が深められてよかったです.2日間お疲れさまでした!(N.K.)
  • ワークショップ,東中才地域だけで40人前後が集まっており,その世代も様々なことに驚いた.地域の高齢者が若い世代に受け継ごうとする熱を感じて,それを若い人や子供たちも楽しみながら享受できている点に感動した.印象的だったのは,震災経験者の方の,地球の原理を理解するというお話だった.日本で生活する限りは地震とは切ることができないので,受け入れつつも最小限の被害に抑えることが重要であり,そのための努力が行われている地域だと思った(H.N.)
  • 東北地方自体が初めてだったので,全てのことが新鮮だった.教科書やテレビでしか見たことがなかった建物や地域から震災当時の様子や津波の威力の恐ろしさを実感できる良い機会となった.お伊勢浜と大谷海岸ではそこまで距離が離れていないのにも関わらず,防潮堤の雰囲気や圧が全く異なっていて住民の方の地域への思いを感じられてた.一人ひとりの「自分にも何かできないか」という気持ちが地域全体を良くしていくことにつながるということをワークショップを通じて実感した.まずは自分たちが住む地域を知ることで,危険な箇所も含めて,地域を好きになることができるということが印象に残っている(H.S.)
  • 大島展望台の登山過程は忘れられないが,頂上に登って見た景色はもっと忘れられない.秩序ある陸路,スムーズな高架橋,精神的産業などを見ました.私はyoutubで関連する紹介ビデオを見たことがあります.異なる年の同じ機位の展示,復興の歴史の果実,私は展望台で本当に見て,とても衝撃的でした.会議に参加した市民たちは積極的で情熱的で,中国ではこのような活動は極めて少なく,私も初めて参加しましたが,定期的な意見交換は非常に必要であり,非常に意義があると思います(S.K.)
  • 陸前高田には去年も訪れたが,旧気仙沼中学校などの震災遺構は見ることが出来なかったため今回見ることができて良かった.特に旧気仙沼中学校では屋上まで津波が達していたことが分かり,津波の恐ろしさを実感できた.防災まち点検では水害対策上の課題を中心に見て回ったが,近年では豪雨災害が頻繁していることから通水路の拡幅などの対策を行うことは重要であると考えた.また,2012年に土砂災害により孤立が発生したとの話も聞くことができたが,孤立した際の支援方法も考える必要があると感じた.まち点検から帰ってきた後は,危険な箇所や改善点等を地図上にポストイットで記入し貼り付ける手伝いをしたが,自分の手際が悪くスムーズに行うことが出来なかったため来年以降の改善点にしたい(S.T.)

胆振東部地震厚真町復興調査-卒業研究-

 こんにちは!学部四年の長尾です.
 皆さんは胆振東部地震をご存じでしょうか.2018年9月に発災し,マグニチュード6.7を記録した北海道胆振地域の大きな地震です.大規模な土砂崩れ,北海道全域でのブラックアウトなど,各地で甚大な被害がもたらされました.私自身も北海道出身なので,当時のことはよく覚えています.今回はその中でも震源地であった北海道厚真町を訪れ,現地調査を行ってきました.
非常に実のある調査となり,すべて紹介したいところですが,特に印象的だった体験をお伝えしていこうと思います!

<災害公営住宅“新町のぞみ団地”>
 災害公営住宅と聞くと,無機質なイメージを持つ方もいるかもしれません.厚真町新町にある“新町のぞみ団地”には,良い意味で期待を裏切られるかと思います.住民同士の交流を促すよう設計されたコミュニティロード,各家に設置された家庭菜園スペース,平屋の上に見える天窓…災害公営住宅でありながら,現在は移住者の方も住んでおり,住まいとして人を引き付ける力があるように感じました.
特に驚かされたのは,その家庭菜園スペースの豊富さです.厚真町は第1次産業が盛んで,なりわいとしても生活の一部としても農業が根付いています.災害公営住宅でも畑ができるよう配慮されており,住民の方にとって重要であることが伺えました.

<厚真町社会福祉協議会インタビュー>
 1日目の午後は,厚真町社会福祉協議会(以下社協)にインタビュー調査を行いました.今回,事務局長の山野下さんにお話を伺うことができ,主に胆振東部地震の生活再建の過程について教えていただきました.
まず,厚真町の復興において特徴的だったことは,災害VCが2年以上継続されたことです.被災者の方や全国のボランティアの窓口となり,住民の方からも名前を変えずに活動を続けてほしいと要望があったため,2020年12月31日まで継続されました.このおかげもあり,「何かあったら社協に」と,平時にも役立つ社協と住民の関係性が構築されたそうです.
また,震災をきっかけとし地域の力が育ったというお話も印象的でした.社協が被災前から行っていた地域サロン活動は,震災を機に一時中断されましたが,住民の交流の場として復活しました.今では,震災後に新しくできたサロンもあります.また,仮設住宅時に行っていた体操教室は,住民の方の自主運営で退居後も継続されました.新型コロナウイルスの影響をうけ,様々なことが分断された時期もありましたが,こうして地域の力,住民の力が育ち交流が途切れなかったことは,大きな成果だったと思います.

<震災体験プログラム>
 2日目の午前は,厚真町観光協会主催の震災体験プログラムに参加しました.今回は,被災地ガイドと講話をお願いしました.
被災地ガイドでは,特に被害の大きかった吉野地区や厚幌ダムを訪れました.土砂の被害があった吉野地区では,現在は植樹が行われていましたが,震災前のもとの姿とは大きく変わっていました.実際に現地に足を踏み入れ,5年の月日が流れてもここまでリアルに被災の様子が伝わってくるのかと,崩れた山肌を目にしながら感じました.
 講話では,厚真町の自然や特産品の紹介から,被害状況の説明等をしていただきました.観光協会としても,勉強会の実施や防災キャンプの試みなど,震災の伝承と今後の防災教育に向けて前向きに活動していることが分かりました.担当の原さんは,東北の語り部のもとへ勉強しに行き,いま厚真町で大きな覚悟をもって活動されています.原さんのような方がいる限り,震災の語りは次世代にまで受け継がれるのではないでしょうか.

<厚真町役場へのインタビュー&日高幌内川砂防事業見学>
 今回,厚真町役場復興推進担当参事の小山さんにお話を伺いました.厚真町役場の復旧~生活再建の対応や,移住・産業育成についてもお聞きしました.
 まず印象的だったのは,北部地域の課題感と遺構についてです.被災地ガイドでも訪れた吉野地区は,地権者が様々であるため,公園化等ができずどのように残していくかが課題になっています.また,日高幌内地区は河道閉塞により大きな被害があり,現在はダムの工事が行われています.これらを遺構として残し,防災の取り組みやエコパークにつなげようと構想が練られている最中です.
 また,移住促進や新たな産業育成など,厚真町にかかわる人が増えていることも印象的でした.取り組みとしては震災前からあるものの,震災を機に復興後の厚真を盛り上げようとしている若い世代が多くいます.
 その後,前述した日高幌内地区のダムの建設現場にお邪魔しました.ダムのさらに奥に行くと,河道閉塞(土砂が川をふさいで流れをせき止めること)の被害によってできた水たまりのような自然のダムが見えます.その一部は,土砂を用い埋め立てられていました.一見のどかで,自然豊かな湖のようにも見えますが,囲まれた山々はいまだ復旧作業が追い付かず震災の悲惨さが伺えます.

<まとめ>
 今回,市古先生と院生4名の協力もあり,非常に内容の濃い調査ができました.私の意図をくみ取りサポートしていただいた皆さんには本当に感謝しています.研究の一環ではありましたが,地元の理解も改めて深まり,北海道がさらに好きになりました.最終報告に向けこれからも精進していきます!

神戸調査報告Vol.1(1日目,2022/9/1)

こんにちは.都市防災・災害復興研究室4年の谷井です.
先日,研究室メンバーで3日間の神戸調査に行ってきました.祖父母が神戸出身で,小さい頃から阪神淡路大震災の話題には触れてきた背景があり幹事を務めさせて頂いたため,簡単に1,2日目を振り返り,報告したいと思います.

1日目

人と防災未来センター

 朝一の飛行機で神戸に到着し,まず「人と防災未来センター」を訪れました.
現地で昨年卒業されたOGの方とも合流し,阪神淡路大震災が起こった当時の様子を音や映像でリアルに体感したり,発災後の混乱の状況や復興の道のりについて,理解を深められたりました.個人的には,発災から27年経つ阪神淡路大震災を,やはり少し遠く過去のことだと無意識に感じていた節があったため,当時の写真や映像・被災した手紙やものを直接見て,被災規模の大きさと神戸の人々の生活にもたらした影響に改めて気付かされました.比較的有名な高速道路の倒壊等だけでなく,1人1人の生活や平穏が一瞬にして奪われた様子を鮮明にイメージさせられたと同時に,十人十色の震災復興への捉え方・臨み方があったことも理解できたと思います.総じて,この旅程を組んだ身としても,強烈な一発目になりました.

東遊園地 村上工務店・村上さんとのディスカッション

 人と防災未来センターとは打って変わって,現在進行中のプロジェクトについてお話を聞き,濃密なディスカッションをすることができました.

※東遊園地・URBANPICNICとは
 神戸市役所の南に位置する東遊園地(公園)は,都心部のオープンスペースにも関わらず,年数回のイベント以外日常的な利用がされていませんでした.
・これを上手く有効活用できないか
・市民のアウトドアリビング(屋外の共有空間)として活用すれば三ノ宮駅周辺都心部の魅力を高められるのではないか
 という仮説から,村上さんらが2015年から開始したのがURBANPICNICという公園内での社会実験です.

 最初に,URBANPICNICの設立から変遷,今後の計画を図面等も用いてお話頂き,特別に工事現場を実際に見させて頂いた後,質問・ディスカッションをしました.社会実験スタート前は,市の公園課の職員らの反応は良かったものの,それを一緒にやるほどの時間と余裕が無いのが実状だったそうです.しかし,2015年に期間限定で社会実験をスタートさせてから,立地的に隣が市役所だったことで公園を中心とした賑やかさの変化が公園課職員にも伝わっていった結果,Park-PFI制度によって事業者の公募が行われ,村上さんの会社(株式会社村上工務店)が整備・運営主体となりました.
 村上さん方は,東遊園地が市民のキャンパスとして繰り返し訪れて楽しんでもらえるような公園となるため,カフェ・レストラン・貸しスペースが融合したにぎわい拠点施設(仮称)を中心に,公園内でのイベント開催や市民のアクティビティを促進する主体となっています.
 個人的には,整備される前の,毎年数か月間の限定的な開催かつレイアウトやテーマ内容が異なっていたからこその面白さもあったのではないかと考えたため,施設を作って主体となり継続的に運営したい理由を,村上さんにお聞きしました.すると,「もちろんその面白さもある.ただ,常駐しないとひっくり返せないものもある.まだこの場所の可能性が咲き誇っていないのがもったいない.」というお話をされていて,それが自分の腑に落ちたと同時に,淡々とお話される中にある村上さんのこのプロジェクトへの熱意を感じることが出来ました..
 他研究室メンバーからの質問やディスカッションも多く起こり,総じて本当に良い時間を過ごさせて頂けたと思います.

鷹取コミュニティセンターTCC・村上さん 野田北部まちづくり協議会・当時役員石井さん

 阪神淡路大震災で火災の延焼による大きな被害を受けた野田北部地区に関して,その復興コミュニティやボランティア・在日外国人との関わり合いも非常に重要なテーマです..
 そのため,1日目の最後は震災当時在日ベトナム人を中心として支援を行い,ボランティア活動の拠点となったカトリックたかとり教会を訪問し,センターの村上さん・当時野田北部まちづくり協議会で役員を務めていた石井さんからお話を伺い,焼け野原になってしまった野田北部の,復興過程とその苦労・人々の繋がりについて理解を深めることができました.

1日目の研究室の活動は以上となります.
2日目の活動に関しては,またVol.2としてまとめたいと思います.

研究室最大イベント:復興の風景とナラティブ調査に向けて

 TMU_DR-Lab.のほぼ唯一と言ってよい全員参画活動として「復興の風景とナラティブ調査」があります.復興の風景とは,復興の地に身を置いて身体感覚で考えること,復興のナラティブとは,災害からの回復を果たした地域の市民の声に耳を傾け,その物語を継承する営みを指します.
 これまでに,
・2014/2月東松島・石巻(東松島スマイルコミュニティなど)
・2015/2月石巻(石巻市内の仮設住宅コミュニティなど)
・2016/2月亘理町・東松島(鳥の湖,宮戸地区など)
・2017/2月気仙沼・女川(唐桑舞根地区,ゆめカフェなど)
・2018/2月四川地震(成都市など)
・2019/2月福島県南相馬(原発災害からの子どもたちの回復など)
・2020/2月大船渡・陸前高田
・2020/9月中越復興(長岡・小千谷,山古志村)
・2022/2月大船渡・気仙沼・石巻(キャッセン大船渡,気仙沼復興伝承館など)
 でした.コロナ禍で企画準備しつつも中止した時期もありました.
 現在,2022/9/1-3で神戸調査を研究室メンバーがそれぞれ分担して,訪問地の復興の経緯,関連する報告や論文の読み込み,そして訪問して話をお伺いする方への相談を進めています.8/15には,3時間をかけて,事前学習会も行いました.今回は,まずは人と防災未来センターで,それぞれが阪神淡路大震災を知る・深める時間を設けた上で,三宮中心部のまちづくり,小林郁雄さんとのディスカッション,たかとりコミュニティセンター,防災空地調査,神戸郊外ニュータウンなどの調査準備を分担して進めています.
 神戸調査,研究室メンバーにとって,きっと大事な経験になることでしょう.その成果についてはまた,ホームページで報告したいと思います.

【教員T.I.より】