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能登復興調査報告:ほくみ基金・制服バンク・金蔵百歳体操(7/29-30) 

 こんにちは.市古研究室学部4年の佐藤,澤渡です.2026年7月29日から30日にかけて行った金沢・能登調査についてご報告します.一日目は金沢を訪れ,ほくりくみらい基金と,同基金とも関わりを持つ制服バンクの方々にお話を伺いました.

ほくりくみらい基金でのインタビュー
 まず,ほくりくみらい基金の方にお話を伺いました.
 私はこれまで,能登半島地震からの復興において,行政や被災地域の住民だけではなく,地域のさまざまな主体の間に立って活動する「中間支援組織」がどのような役割を果たしているのかに注目してきました.
そのなかでも,ほくりくみらい基金は,地域で活動する団体に対して資金面から支えるだけではなく,活動を継続していくための伴走にも取り組んでいます.
 今回のインタビューでは,こうした活動が始まった背景や,地域で活動する団体とどのような関係を築いているのかについて,詳しくお話を伺いました.
 特に印象に残ったのは,復興に必要なのは,単に「お金を渡すこと」だけではないということです.
地域で活動する人たちが抱える課題は,それぞれ異なります.資金が必要な場合もあれば,活動について相談できる相手が必要な場合,あるいは自分たちだけではつながることのできない人や団体とのつながりが必要な場合もあります.だからこそ,中間支援組織には,資金を提供するだけではなく,活動する人たちの状況を理解し,必要な支援を一緒に考えていく「伴走者」としての役割があるのだと感じました.
私が研究で着目している「あたたかなお金の循環」という考え方についても,今回のインタビューを通して,自分の仮説をもとに永井さんに想いを語っていただいたことで,さらに深い考察へと繋げることができたと感じています.

NPO制服バンク石川さまへのインタビュー
 続いて,制服バンクの方にもお話を伺いました.
 制服バンクは,使われなくなった制服を必要とする人につなぐ活動を行っています.今回の調査では,こうした地域に根差した活動が,能登半島地震からの復興という大きな出来事のなかでどのように支えられ,また周囲との関係を築きながら活動しているのかについてお話を伺いました.
 実際に活動されている方のお話を直接聞くことで,資料を読むだけでは分からない,現場で活動する人の思いや悩み,そして活動を続けていくために必要な支援について考えることができました.
また,ほくりくみらい基金と制服バンク,それぞれのお話を伺ったことで,支援する側と支援を受ける側という単純な関係ではなく,それぞれの主体がつながりながら地域の課題に向き合っていることが見えてきました.
 今回のインタビューを通して,私が研究対象としている「中間支援」は,組織と組織の間を単に取り持つだけの存在ではなく,地域で活動する人たちの思いを受け止め,それを次の活動や新たなつながりにつないでいく役割を担っているのだと改めて感じました.
 実際に活動している方から直接お話を伺うことで,活動の背景にある考え方や,日々の関係づくりの積み重ねをより具体的に知ることができました.復興という言葉だけでは捉えきれない,一人ひとりの活動や思い.その間をつなぎ,必要なところへ資金や人,情報を届けていく中間支援の存在.さらに学びが深まる調査一日目となりました.

輪島市金蔵集落:百歳体操と集会所カフェ
 二日目は,輪島市町野町にある金蔵集落を訪れ,10年以上続いている地域の集まり「100歳体操」と,能登半島地震の発災後に始まった「集会所カフェ」を見学させていただきました.どちらも毎週木曜日に開催されており,この日は15名の住民の方が参加されていました.
 100歳体操では,YouTubeの見本動画に合わせて約30分間体を動かします.準備運動のストレッチから筋力トレーニング,整理運動までしっかり組み込まれていて,思っていた以上に本格的.私たちも一緒に参加しましたが,普段の運動不足を痛感しました.
 体操が終わると,続いて「集会所カフェ」の時間です.椅子を片付けて机を並べ,おやつを準備するまでの流れはとてもスムーズで,皆さんが自然と役割分担をしながら動いている姿が印象的でした.普段はたこ焼きを作るそうですが,7〜9月は暑さを考慮してアイスクリームに変更しているとのこと.当日は畑で採れたスイカを差し入れしてくださった方もいて,アイスクリームとスイカを囲んだ,とてもにぎやかなお茶会となりました.
 体操が始まる20分ほど前から住民の方が続々と集まり始めます.「先週来なかったけどどうしたの?」「風邪は治った?」「髪の毛切ったのね」といった声が自然に飛び交い,お互いを気に掛け合う温かい雰囲気が感じられました.
 集会所カフェでは,この一週間にあった出来事や畑仕事の話,野菜づくりのコツなど,日常の話題で会話が弾みます.「昨日は○○で火事があったらしいよ」「○○さんが亡くなったそうだね」といった地域の出来事も共有されており,住民同士が情報を交換する大切な場にもなっていました.
 今回の見学を通して,改めて金蔵の皆さんの元気さと温かさを感じることができました.私自身は情けないことに,30分の体操だけで筋肉痛になってしまいましたが,毎週この体操を続けている皆さんのパワフルさには驚かされるばかりです.
 何気ないおしゃべりや一緒に体を動かす時間が,人と人とのつながりを育み,地域の安心感につながっていることを実感した,とても充実した一日でした.

2026年度,新たに4名の学部3年生,歓迎会を開催しました!

 市古研究室M1の山根です.このたび,市古研究室に新しく4名の学部3年生が配属され,新たなメンバーを迎える歓迎会を開催しました!

 歓迎会には,新しく加わった4名のうち3名が参加しました.研究室での活動やこれから始まる卒業研究,普段の大学生活などについて先輩メンバーと話しながら,学年を越えて交流しました.歓迎会を通してお互いのことを知ることができ.これから一緒に活動していくのがますます楽しみになりました.

 市古研究室では,個人の研究に加え,フィールドワークや地域と関わるプロジェクトにも学年を越えて取り組んでいます.新しく加わった4名も,これからゼミや現地での活動に参加しながら,自分の関心を掘り下げ,卒業研究のテーマを形にしていきます.4名それぞれの関心が,今後どのような研究につながっていくのか,とても楽しみです.

 先輩メンバーも一緒に学び,支え合いながら,研究室の活動に取り組んでいきたいと思います.新体制となったTMU_DR-Lab.を,今後ともよろしくお願いします!

能登復興調査報告:穴水町甲地区を訪ねて(7/12-13)

 こんにちは,市古研究室修士1年の前田ことみです.7月12日から13日にかけて能登へ復興調査に行ってきましたので,そのご報告を兼ねて執筆します.
 今回の主目的は,修士論文のフィールドとして検討している穴水町甲(かぶと)地区の下見とプレ調査です.


なぜ甲地区なのか
 
東日本大震災の被災地である福島県いわき市出身の私は,物心がついたときから災害からの復興を目の当たりにしてきました.学部時代には,住民の地域に対する誇りを示す「シビックプライド」に関心をもち,震災による景観変容によって住民のシビックプライドに変容はみられるのだろうか,という問いを抱くようになりました.
 そのうえで甲地区をフィールドに選んだ理由は,以下の三点です.
1)甲復興団という復興を支える拠点が明確にあり,目に見える形で復興が進んでいること
2)①とも関わって,震災前と震災後,震災直後と現在という時点間のまちの変容が捉えやすいこと
3) 昨年度の卒業生が同地区をフィールドに研究しており研究室にデータの蓄積があることに加え,住民の方々が外部の人間を積極的に受け入れてくださる環境が整っていること
 甲復興団とは,2024年1月1日に発生した能登半島地震をきっかけに,甲地区の復旧・復興を目指して立ち上げられた任意団体です.同じ小学校の同窓生らを中心としたメンバーで構成され,全員がプロボノ(専門知識やスキルを活かしたボランティア)として活動に参画しています.震災により離れ離れになった住民同士が温かく集い,心のサポートや地域のつながりを取り戻すための「甲復興カフェ」を定期開催しているほか,のと鉄道の廃線に伴い残された旧甲駅舎を地域内外の人々が集うコミュニティハウスへと修繕・改装し,雇用と活気を生み出す「甲駅食堂」プロジェクトを推進しています.さらに,買い物の利便性向上や産業の活性化,外部の支援ボランティアとのマッチング,季節のイベント企画などを通じて,地域住民が安心・安全に,そして持続可能に暮らせる甲地区の復興と自立を目指し,多角的に活動しています.
 今回の調査では,具体的に以下の二点を目的としました.
1)復興の途中にある甲地区で,更地・仮設・再開した営み・戻りつつある日常などが重なって見える「復興過程の風景」を記録し,この場所が今どういう状態にあるのかを捉えること
2)人が集まる復興の現場でもある復興カフェへの訪問を通じて,誰が集い,どんな会話があり,どんな空気が流れているかを,自分の目で見て,耳で聞くこと

1日目:復興カフェと「地域だれでも飲み会」
 能登に足を運ぶのは今回が2回目,甲地区の訪問は初めてだったので,不安と期待が入り混じった複雑な気持ちで羽田空港をあとにしました.
 12日午前10時前,私たち一行は「のと里山ポケモンウィズユー空港」に着陸しました.実は能登空港は,7月7日より震災復興支援を目的に,期間限定で世界初のポケモンの名を冠した空港としてリニューアルオープンしたそうです.オープン直後の週末には人出が前年同期比で約6倍,開港1週間で来場者数が4倍超を記録するなど,絶大な反響を呼んでいるとのこと.ポケモンの影響力,おそるべし.
 空港から車で約30分,穴水町甲地区へ移動.猛暑を覚悟していたものの過ごしやすい気温で,まさに調査日和でした.到着後は海沿いの黒崎周辺で,土地と建物の利用状況を調査しながら周辺を探索しました.
 この日は曽良公民館と甲公民館の2か所で復興カフェが開かれており,まず曽良公民館へ向かいました.曽良でのメインは「ブンブンボウル」さんの漫才です.ブンブンボウルさんは白山市出身で,「よしもと石川県住みます芸人」として活動されており,震災後は復興応援フェアや88フェスなどにも出演されているそうです.今回の復興カフェでも地元ネタを交えた漫才を披露してくださり,私自身もとても楽しい気持ちになりました.周りの方も皆さん笑顔で,「今回も面白かったね」という声が口々に聞こえてきました.会場では200円でアイスとコーヒーを提供する「200円カフェ」が開かれ,入り口ではキッチンカーでの販売もありました.
 その後,上映会が行われていた甲公民館へ向かい,上映会後に甲復興団の方々にご挨拶をしました.
18時頃からは,甲で浜出産業として事業をされている浜出さんのお宅にお邪魔し,「地域だれでも飲み会」に参加しました.甲の未来について熱く語り合う甲復興団のみなさまの姿に,大いに触発されました.
 この日は「甲ガーデンファーム」というヤギの農家民宿に滞在しました.カーテンを開けると窓の外にヤギがたくさん見えるのがなんとも新鮮で,翌朝にはヘルシーな朝ごはんと,ヤギミルクを使ったチーズケーキをいただきました.

2日目:集落の悉皆調査と門前町訪問
 
2日目は気合を入れて朝4時50分に起床し,6時前には調査に出発しました.朝の甲の空気はとても綺麗で気持ちがよかったです.昼前までの時間を使い,甲地区集落の土地と建物の利用状況を調べあげました.午後は門前町を訪問しました.

調査を終えて
 今回の調査を通しての率直な感想は,まず,外から来た人間の話にこんなにも素直に耳を傾け,受け入れてもらえるものなのだな,ということでした.震災という大きな災害でまちが大きく変わってしまったからこそ,「自分たちの力で,自分たちの考えで」という思いが先行しているものだと思い込んでいたのですが,当時のこと,これまでの復興過程のこと,復興団の現状など,貴重なお話を積極的にしていただけたことが嬉しかったです.
 加えて,発災から2年半が経った今初めて訪れたからこそ感じたものかもしれませんが,甲の方々は「震災」という大きな出来事をとても前向きに捉えている印象を受けました.もちろん当時は,大切な人やもの,場所を失い,悲しみに暮れた方がたくさんいらっしゃったはずです.それでも,復興団の方々の熱い思いのぶつけ合い,外部から来た人間との協働の姿勢,ブンブンボウルさんの漫才のような笑顔を増やす取り組みからは,能登の未来のために前向きに復興へ取り組んでいこうという強い意志が感じられました.私にとって,大きなエネルギーをもらえた2日間でした.
 フィールドワークを通じては,この集落には花壇・自家農園・生垣をはじめとした家庭菜園が多いこと(小さなビニールハウスが特に多いこと),そしてあちこちに玉ねぎがつるされていることが印象に残りました.玉ねぎをつるすのは,豪雪地帯で長持ちさせるための知恵だそうですが,では,家庭菜園の多さはどのような意味をもつのでしょうか.
 フィールドワーク中,庭の綺麗な花壇のお手入れをされている高齢の方にお話を伺う機会がありました.その際,「こうやって(花や作物が)育つのをみるのが今の人生の楽しみ」という言葉をいただきました.住民の方々にとって,菜園のもつ意味はとても大きいようです.この「家庭菜園のなす意味」が,私のリサーチクエスチョンの出発点になりそうです.
 今回の訪問を通して,この集落で調査をしたい,この集落で修士論文を書きたい,という思いを強くしました.また甲を訪れる日が待ち遠しいです.

TMU_DR-Lab.とは(2026/5月Version)

《とある平日の過ごし方》 

コアタイムがない市古研ですが,平日の昼過ぎになると,自然とメンバーが研究室に集まってきます. ハイスペックなWindowsPC(Macも一台あるよ!)に向かって黙々と膨大なデータを解析している人がいれば,「この前の調査のデータ,どうまとめる?」と議論している姿も.

最近は,お土産のご当地お菓子を食べながら,お互いの研究の進捗や,週末に行ったライブ・旅行の話で盛り上がっています.オンとオフの切り替えが上手な人が多いのも,市古研の特徴です.

《研究室ゼミ》

約2週間に1回の研究室会議(ゼミ)は毎回ドキドキの緊張感がありますが,ゼミがない週も市古研の日常は動き回っています.2週間に1回のゼミのため,自分の発表が回ってくるタイミングは3か月に1回くらいです.学生は自分の発表回2週間くらい前になると研究室でよく見かけるようになります.「まとめ終わらないよ~」と嘆く姿を見るのも研究室ならではです.市古先生は内心「もっと早くからコツコツやればいいのにな~」と思っているのではないでしょうか!ただやはり優秀な学生ばかりなので泣き言を言っても,最後には仕上げてくるのはさすがだなと思っています!

このように勉強も遊びもバイトも自分のペースでできるところは良いところだと思っています.

《いつでもウェルカムです!》

市古研の日常を一言で表すと,「自分のペースで研究に没頭しつつ,困った時はすぐに誰かと意見を交わしたり,笑い合ったりできる場所」です.「どんな雰囲気かちょっと見てみたい」「先輩たちの話を聞いてみたい」と思った方は,ぜひお気軽に研究室を覗きに来てくださいね.お待ちしています!

2025年度TMU_DR-Lab. B3卒業研究Ⅰ中間報告会

 こんにちは.市古研究室学部3年の佐藤,伊佐,横山,澤渡です!
 2月9日に行われた都市政策科学科の卒業研究1中間報告会についてご報告します.
 中間報告会では,一人5分の持ち時間でテーマの設定背景や先行研究,これまでにわかったことや今後の研究計画について発表しました.

 B3の佐藤綾です.私は今回,「能登半島地震における行政と中間支援組織の災害広報協働モデル」というタイトルで中間発表を行いました.
 本研究は,能登半島地震を事例に,行政の発信と中間支援組織(NPOや民間団体)による広報がどのように連携し,被災者のニーズを補完し合っているかを分析するものです.
準備段階では,過去の常総水害の事例研究と,今回の能登での初動をどう比較・整理するかに最も時間を費やしました.行政広報が機能不全に陥るリスクがある中で,民間団体がいかにして情報の隙間を埋めるべきか,そのロジックをスライドに落とし込む作業は非常に骨が折れましたが,自分の問題意識を改めて整理する良い機会となりました.
 発表後は,先生から今後の調査の核心に触れるような示唆をいただき,身が引き締まる思いでした.特に,「組織という枠組みだけでなく,実際に情報の結節点となっている『ハブとなる個人』の動きにもっとフォーカスすべき」という視点は,これまでの私の分析に欠けていた重要なポイントでした.
 この意見交換会での気づきや研究室での2月調査を受け,今後の研究では少し方向性を広げ,中間支援組織の「伴走」のあり方に焦点を当てたいと考えています.私たちと同じ「外部主体」である支援組織が,いかにして地域の懐に入り,信頼を得て,適切な距離感を掴んでいるのか.その信頼構築のプロセスこそが,効果的な広報や支援を実現する鍵ではないかと考えています.
 今回,他研究室の学生の発表からも,都市政策という共通の土俵で異なる課題に挑む姿に大きな刺激を受けました. 今後は,「ほくりくみらい基金」「NOTOTO.」などへの調査を通じ,現場でハブとなる方々の「伴走」の実態を丁寧に紐解いていきたいと思います.来年度の最終発表に向けて,より説得力のあるモデルを提案できるよう,一歩ずつ研究に励みます.

 B3の伊佐海音です.私は,「公民館の平時利用と災害時利用の関係性ー七尾市と那覇市・読谷村を対象にー」というタイトルで発表を行いました.本研究は,沖縄県那覇市および読谷村を対象に,石川県七尾市矢田郷コミュニティセンターの事例を参考としながら,公民館の平時利用と災害時利用を比較し,地域特性や地域コミュニティの形成度合いが公民館の利用や避難所運営に与える影響を明らかにすることを目的としています.
 準備段階では,沖縄県という特殊な地理的条件や自身の経験が研究背景に強く影響していることから,それらを研究的に説明可能な形に整理し,先行研究や自治体の公式データから研究として位置づけるための根拠を見出すことに苦労しました.また,リハーサルでは表記に悩んでいた個所について先輩方から助言をいただき,その助言をもとに本番に臨むことができました.
 発表後の意見交換会では,自身では気付くことができなかった多様な視点や考えを得ることができました.特に,「平時利用の具体的な内容」や「参考事例とするコミュニティセンターと公民館の違い・共通点,さらに対象とする災害が異なる点をどのように整理するのか」といった指摘をいただきました.今後はこれらの指摘を踏まえ,研究に対する自分の考えを整理し,より意義のある研究の展開に努めていきたいと考えています.
 今回の中間報告会を通して,他研究室の学生の研究内容や着眼点の豊かさに大きな刺激を受けました.自身の研究を見直す良い機会となり,より深い検討を重ねていく必要性を改めて感じました.この刺激を励み都市,着実に研究を進めていこうと思います.

 B3の横山茉衣です.私は今回,「能登半島地震における柔軟な避難所運営と地域ネットワークの機能―矢田郷コミュニティセンターを事例として―」というテーマで中間発表を行いました.本研究では,石川県七尾市矢田郷コミュニティセンターを対象に,平時から地域の人々がどのように関わり合い,またその関係性やつながりが災害時の避難所運営における意思決定や役割分担,外部との調整といった具体的な行動としてどのように表れたのかを捉えることを目指しています.特に,発災直後だけでなく,避難生活が長期化していく中で運営のあり方がどのように変化していったのかを時間の経過の中で整理していく点に,本研究の独自性を見出しています.
 今回の発表,そして意見交換を通して,「平時のつながり」と一言で言っても,その内容には地域活動への参加,日常的な顔の見える関係,役割分担の共有など多様な側面が含まれることを改めて認識しました.また,「コミュニティセンターに普段関わりのなかった人々がどのように避難所運営に参加していったのかという視点も重要ではないか」「仮説に基づいた問いの立て方になっているため,よりフラットな聞き取り設計が必要ではないか」といった指摘もいただきました.こうした助言を踏まえ,ソーシャル・キャピタルに関する先行研究の整理などを進めながら,「平時のつながり」を定性・定量的に評価しうる論理的な枠組みを構築・整理していくのかが今後の重要な課題であると感じました.
 今後は,上記で述べたような分析の軸となる理論の整理を進めながら,現地調査で得られた聞き取り内容をもとに,地域の関係性がどのような局面で避難所運営に影響したのかを具体的に整理し,参与観察や追加調査を通じて検討を深めていく予定です.また,本事例で得られた知見が都市部など異なる地域条件のもとでどの程度応用可能であるのかという点についても視野に入れながら,研究の射程を広げていきたいと考えています.
 今回の中間報告会では,他研究室の学生の発表に触れる中で,多様な視点から都市や地域の課題に向き合う姿勢に大きな刺激を受けました.この経験を契機として,自らの問いの立て方や調査の進め方を見直しながら,研究を着実に積み重ねていきたいと思います!

 B3の澤渡愛です.私は,「災害対応過程において女性コミュニティが果たした役割―石川県輪島市町野町金蔵集落を対象としてー」というタイトルで発表を行いました.本研究では,金蔵集落を対象に,被災前から存在していた女性コミュニティが災害時および復興過程においてどのような役割を果たしたのかを明らかにすることを目的としています.
 準備段階では,限られた5分という時間の中で何を伝え,何を言わないのかという取捨選択に非常に苦労しました.また,スライド構成を練ることにも時間を費やしましたが,リハーサルでの先輩方からの助言もあり,無事に本番を迎えることができました.
 発表後の意見交換会では,自分1人では気づけなかった新たな視点を多くいただき,貴重な機会となりました.特に,「女性だけに着目するのではなく,女性と男性の関係性に着目したらどうか」「農村のジェンダー論やフェミニズム社会学についても学んだらよいのではないか」という指摘が印象に残っています.これらの意見をさっそく今後の研究に取り入れたいと思います.
 さらに,今回の中間報告会では,他研究室の学生の研究についても初めて聞きました.どの研究も興味深く,大きな刺激を受けました.来年度の成果発表を今から楽しみにするとともに,私自身もより一層研究を深め,説得力のある成果を出せるよう努力したいと思います.

能登半島地震2年 復興まちづくりフィールド調査

 はじめまして.市古研修士1年の高橋と申します.今回は令和8年2月16日から18日に行われた能登半島復興訪問調査についてご報告いたします.

 1日目は,OGの方がお仕事で輪島市門前町のまちづくりに携わっているご縁から,町のシンボルである總持寺をはじめ,總持寺商店街や黒島地区を案内していただきました.かつて曹洞宗の大本山であった總持寺は境内が広く,歩くだけで歴史の重みを感じましたが,発災から2年以上が経過した現在でも建物の一部が損傷したままであるなど,震災の爪痕が未だに象徴的な場所に残っていることをしみじみと実感しました.

 2日目は,震災時に七尾市矢田郷地区の避難所となった矢田郷コミュニティセンターを訪問し,当時主導的に避難所運営に携わっていた矢田郷地区まちづくり協議会のメンバーの方からお話を伺いました.印象的だったのは「行政を支援する」という言葉です.最初は,有事の際に公助を頼るのは当然だと思っていましたが,なぜ行政を支援するのかと疑問に感じました.しかしお話を聞く中で,その意味が理解できました.有事の際,市民である避難者は精神的に不安定になり,怒りや要求を行政にぶつけることがあります.しかし行政職員も同じように被災している当事者です.そのような極限状況の中で,伺った方は一市民でありながら状況を俯瞰し,行政職員を避難者のハラスメントから守り,行政と市民の橋渡し役を担っていたとのことでした.その視点に気づかれたこと,実践されていたことに大きな感銘を受けました.有事においては物資の準備といったハード面だけでなく,人々の心理や感情に寄り添う姿勢の重要性を改めて感じました.

 午後は七尾城跡や花嫁のれん館を訪れました.本丸跡からは能登半島と日本海を一望でき,自然の豊かさを実感しました.また,花嫁のれん館では加賀独自の文化である花嫁のれんについて説明を受け,色とりどりの美しいのれんを見学しました.

 最終日は,珠洲市真浦町にある集落を「現代集落」へと変貌しようとしている方からお話を伺いました.現代集落とは,外部インフラへの依存を最小限に抑え,食料やエネルギーを自給自足できる仕組みを整え,「100年後でも家族で暮らす」ことを目指すプロジェクトとのことでした.実際に古民家に設置された太陽光パネルや太陽光温水器,井戸水をろ過する機械などを紹介していただきました.まだ実験段階ではありますが,この取り組みが軌道に乗れば,日本各地にある限界集落を持続させる可能性を秘めていると感じました.

 最後に,矢田郷地区まちづくり協議会の方と現代集落プロジェクトに取り組む方が共通して話されていたのは,まちを変えるのは「若者・よそ者・バカ者」だということでした.変化を生み出すには,既存の枠にとらわれない存在が必要だという意味だと思います.私は故アントニオ猪木さんの「馬鹿になれ,とことん馬鹿になれ」という言葉を思い出しました.私を含め,研究室のメンバーは良い意味で真面目で大人だと思っています(他のメンバーから「大して接点ないくせに」と思われるかもしれませんが).その良さは大切にしつつも,失敗や恥を恐れず,自分の考えやアイデアを発信していく姿勢が,被災地や人口減に直面する地域に求められているのだと感じました.「馬鹿になれ」という姿勢を,研究室全体で少し意識できたらいいなと思った3日間でした.最後までお読みいただきありがとうございました.

2025年度TMU_DR-Lab.卒業研究発表

 学部4年の居山蓮です.現在,1年半かけた卒業研究がようやく完成しそうです.というのも,私にとっては,今回のブログのタイトルにあるポスター発表だけが研究成果の発表の場ではありません.研究対象とした能登半島穴水町甲地区での発表を間近に控えています.ここではポスター発表についての感想を残したいと思います.
 他研究室学生のポスター全てが情熱を注いで作られた,どれも見応えのあるものでした.ただ,市古研学生のポスターは圧倒的に「ガチ」だと感じました.これは他研究室に所属する友人にも言われたことなので,贔屓目やや抜きなはずです.
 先月の都市づくりフォーラムでの発表に先立ち,市古研では何度も論文やポスターの修正を重ねてきました.その努力の姿が5人全員のポスターに映っていたんだと解釈しています.
 妥協せず,切磋琢磨し合うみんなを誇りに思います!感謝の言葉は直接言います!皆さまお疲れ様でした!!

 本年度で学部卒業致します佐藤匠です.卒論を書き終えた今,しばらくの間生活の大半を卒論に費やしていたので若干の虚無感が僕の頭を回っています.
 さて僕が市古研を志望したきっかけのひとつには中学生の頃に三陸を旅行した経験が響いていると思います.ちょうど高台造成の工事がはじまったくらいでまだ砂漠のような陸前高田の風景が10年近くたった今でも未だに記憶に残っています.そうした風景をみて何を感じたかはわかりませんが,これをきっかけに災害や防災といった分野に興味関心を持つようになったのだと思います.
 学部3年で市古研への配属が決まり,研究テーマ決めではかなり迷走しましたが以前より興味を持っていた都市計画と災害復興や防災といった分野と,就活を進めるなかで興味を持った商業施設という分野を合わせて研究テーマとさせていただくことになりました.研究室としては能登ウェーブに走っていたと思いますが,僕自身の興味を貫かせていただいた結果1年半モチベーション高く,かつ楽しく研究を進めることができたと考えています.
 僕の研究の大部分は資料集めとGISやイラストレーターを用いた地図表現でした.webアーカイブから過去の行政資料を遡ったり,国会図書館でしか閲覧できない雑誌記事などを収集して,パズルのように足りないピースを埋めていく作業はラクではないけれどワクワクするものでもありました.ポスター作成もレイアウトや内容の取捨選択になかなか苦戦してしまい,年末に着手してから2月の提出直前まで常に内容を入れ替えたりレイアウトを変更したりしていました.時には研究室メンバーに手助けいただき自分のなかではある程度納得のいく卒業論文が完成してよかったと思っています.こうした経験はこれから社会人となる僕に大きく影響すると思います.
 市古研の皆様,これからも自身の研究や研究室活動頑張ってください,応援しております.
 最後に市古先生へ,様々ご迷惑おかけしたこともありましたが大変お世話になりました,一年半の間ありがとうございました.

 市古研究室学部4年の小野満与です.ポスター発表という,卒業研究Ⅰの中間発表時(スライド)とは異なる方式での発表は,また違った難しさがあったと感じます.ポスターはA0サイズで,見やすいフォントや図の大きさを考え,必要に応じて論文用から作りかえる等の準備を行いました.また,当日の5分という短い発表時間の中,原稿と合わせてどの情報をポスターに入れ,また省くかを考える作業は想像以上に大変でした.が,当日は自分の研究で注目していただきたい部分を図と合わせて丁寧に説明できたかな,とは考えます.質疑応答やその後のフリー質問タイムでのやりとりを経て,改めて「次があるならこうしたいな」と思う部分が出てきて,最後の最後まで学びが詰まった時間でした.

 学部4年の福井貫太です.私は温泉資源の復興という非常にニッチな研究についての発表を行いました.私自身,今回の卒業研究は,これまで多くの温泉地を訪れ,携わってきた一つの集大成と考えて進めてきました.研究意欲というよりは,温泉地の現状・課題を少しでも知ってほしいという気持ちで,「初めて聞く人にも必ず理解させる」という目標のもとポスター発表に臨みました.
 発表に関しての率直な感想ですが,市古研のレベルは相当高かったと思います.特に感じたのが,5人のポスターの見やすさと聞き手に伝わる話し方です.私自身は研究室会議の中で「複雑な問題の伝え方」について多くを学び,成長したという実感があります.私のものを含め今回の能登半島地震関連の研究は,失礼かもしれませんが正直「伝わりづらい」分野だと思います.その中でこれだけ聞き手に興味を持ってもらい,質疑を活発に行えたのは研究室で深い議論を重ねられた結果だと感じています.
 市古先生,市古研のメンバーのみなさん,多大な迷惑をかけながらもここまで協力いただいたこと,本当に感謝申し上げます.ありがとうございました!
 温泉地・災害復興の両面から,様々な形で社会に関わり,貢献できるような人間になれるよう,これからも精進してまいります.

 こんにちは.学部4年の宇都木葵です.
 最終報告会の準備に当たっては,1年半かけて積み上げてきた研究成果を,1枚のポスターという限られた形式の中でいかに説得力ある形に収めるか,非常に苦戦しました.
 最終報告会当日は,想定を上回るギャラリーの多さに心臓バックバクでしたが,なんとか無事発表を終えることができました.
 他の研究室の学生の発表を聞く中では,研究内容の充実度だけでなく,ポスター表現や,聞き手に伝えるための話術においても非常に洗練されており,多くの学びが得られました.一方で,自分自身の研究に対しては,今期卒論生のなかでも特に現地の生の声と情報に基づいてミクロな研究をさせていただけたことの貴重さを改めて実感しました.このような研究をさせていただけたのは,調査にご協力くださった現地の方々,そして調査を実施させていただける研究室の環境があったからこそです.
 この研究室で卒業研究に取り組むことができたことを大変光栄に思います.
 卒業研究にあたってご協力いただいたすべてのみなさまに心から感謝しています
 ありがとうございました!!

町田高ヶ坂地区事前復興まちづくり訓練

 こんにちは!市古研究室学部3年の横山と佐藤です!
 今回は,2025年11月15日(土)町田市国際版画美術館にて,町田市高ヶ坂地区の8町会にご参加いただき実施しました「高ヶ坂地区復興まちづくり訓練」について報告します!

 まずは当日のスケジュール・成果(ワーク内容,出た意見など) について横山から報告します.
 この訓練は,マグニチュード7(M7級)の直下型地震を想定した被害想定を基に,発災後の「くらし・すまい・まちの復興」を住民の皆様と共に深く考えることを目的としました.
 ワーク1では,参加者は「家族ロールカード」と「住家被害カード」を基に,大震災後の「わが家のくらしの回復」について具体的に考えました.避難先について,一部の町会では,公的な避難所だけでなく,自治会で独自に集会所を借り上げて一時避難所を確保し,水や非常食などを備蓄していることが共有されました.ロールプレイでは,本震直後に学校避難施設へ向かうのではなく,「近くの町内会会館や公共施設」を一時避難所として選択する意見が多く出されました.特に,要避難支援者(車いす利用者)のロールでは,介助者がいなければ学校避難所へたどり着くのは難しいという,避難行動における現実的な課題も浮き彫りになりました.このロールプレイは,参加者がペット問題や介護の必要性,避難先での同居への不安など,災害後の生活で起こりうる問題について,客観的な立場で深く考える良い機会となりました.
 ワーク2では,高ヶ坂地区での大震災後の「くらし・すまい・まちの回復方針」として,「災害時・復興時における地域の課題・資源」や「復興協議会(地域復興の体制)のあり方」について議論しました.復旧・復興への意識に関しては,「ライフライン復旧を最優先にした上で,その後,被害状況に応じて,原型復旧ではなく歩道を確保するなどの『復興』を検討・提案していくべき」という,将来を見据えた積極的な意見が出されました.一方で,「権利関係を理由に復興自体ができないのではないか」という現実的な意見や,基本は現況復旧で進めざるを得ないという考えもあり,早期復旧と復興のバランスについて活発な議論が行われました.
 地域特有の課題として,道路の狭さや私道の多さ,外部と接続する道路が限られている点,高低差のある地形などが,復興時のネックになるという懸念が多く共有されました.また,古い共同住宅群を抱える自治会からは,空き部屋が100戸ほどあるという現状を逆に利用し,これを「みなし仮設住宅」として活用できる可能性があるという,地域資源に着目したアイデアも出されました.避難所である町二中だけでなく,芹ヶ谷公園の広場をテント設営スペースやトイレ・給水・物資配布の拠点として活用すべきではないかという具体的な意見も出されました.地域連携と体制については,町内会単位の対応には限界があるため,周辺自治会や避難所との連携,広域な連合会としての対応の必要性が認識されました.地域復興協議会(のような組織)については,避難所ごとに設置されている「避難所施設運営委員会」を元にする案も提示されました.
 参加された皆様からは,日頃から常に防災のことを考えて生活する意識の高さがうかがえ,今回の訓練を通して,自治会同士の相互理解や,新たな課題の発見につながる貴重な機会となりました.今回の訓練で出された住民の皆様の思いや具体的なアイデアは,今後の高ヶ坂地区の「事前復興計画」の検討に活かされていく予定です.

 ここからは佐藤から,参加した皆さんの感想のまとめをお届けします!
 私たち学部3年と院1年は今年が初めての参加となりましたが,院2年と学部4年の先輩方は去年に引き続きの参加となったため,それぞれ様々な感想があったようです.
今回のワークショップでは,地域の防災意識の高さに改めて驚かされる場面が多くありました.参加者の方々は日頃から災害への備えを真剣に考えており,議論の中でも具体的な課題や行動のイメージが自然に共有されていました.特に,ロールプレイ形式を取り入れたワーク1では,家族カードの情報を補いながら現実的な状況を想定し,他者の立場に立って考えることで共助の重要性を実感する声が多く聞かれました.災害後の生活で起こりうる問題を自由に話しやすい雰囲気があり,支援の見落としを防ぐきっかけにもなったとの感想も寄せられています.
 一方で,議論が設問から派生しやすい場面もあり,ファシリテーターや補助者がさりげなく方向を修正する工夫が求められることも分かりました.参加者が迷った際に「ではこう考えてみるとどうでしょうか」と誘導することで議論がスムーズに進んだり,趣旨を丁寧に説明し直すことで停滞しかけた話が再び活発になったりと,進行の工夫が効果的に働いた場面もありました.議論が本題から逸れた際に,雰囲気を壊さずに舵を戻す技術の必要性を感じたという声もありました.
 ワーク2では,地域の課題や資源について多様な意見が出され,地図に直接落とし込むことで具体的な場所と結びつけながら議論が展開されました.復旧を優先するか,時間をかけても復興を目指すかといった考え方の違いが鮮明に表れ,地域への思いや価値観の多様性が浮かび上がったことも印象的でした.自治会を越えた連携の可能性や,行政との協働によって防災施策の選択肢が広がることへの期待も語られています.
学生側からは,事前にプレワークを行うことで当日の進行が理解しやすくなること,記録作業や書記力の不足を補うために事前の役割分担や意思共有が必要であることなど,運営面での反省も挙げられました.また,ワークの狙いや設定の意図を事前に説明することで参加者の理解が深まり,議論がより活発になるのではないかという提案もありました.住民の声を丁寧に引き出し,柔軟に論点を切り替える姿勢を間近で学べたことは,将来のまちづくりに関わる上で大きな学びとなったとの感想も寄せられています.
 全体を通して,住民の防災意識の高さと積極的な参加姿勢が際立ち,学生にとっても多くの学びと課題を得る機会となりました.今回の経験を次につなげることで,地域全体の防災力向上に寄与できるのではないかと感じられるワークショップとなりました.

気仙沼鹿折まちづくり協議会訪問と提案型まちづくり学習

 こんにちは,B3の伊佐と澤渡です.今回は,2025年10月31日から11月1日にかけて行った鹿折調査についてご報告します.
 今回の調査では,事前勉強会から現地視察までを通して,「大船渡線跡地活用」「避難施設」「復興商店街」の3つのテーマに分かれて活動しました.

 一ノ関駅に到着後,各班で現地視察を行いました.以下に,班ごとの活動内容を紹介します.
 大船渡線班は,鹿折まちづくり協議会の会長さんにご案内いただきながら,角星小学校,上鹿折駅,金山資料館,鹿折小学校,鹿折唐桑駅を訪問しました.昨年の調査で訪れた場所もあり,1年間での変化も実感しました.現地を実際に歩き,地域の方々から直接お話を伺うことで,資料だけでは得られない多くの気づきを得ることができました.
 避難施設班は,東日本大震災後に建設された鹿折南住宅と,今年7月31日に発生したカムチャツカ地震の際に避難所として利用された鹿折中学校を訪問しました.南住宅は津波避難ビルに指定されており,災害時には屋上への垂直避難が可能です.備蓄倉庫見学と垂直避難の体験をした後,実際の避難経路を歩いて鹿折中学校を訪れました.現地では,体育館や渡り廊下などカムチャツカ地震で実際に利用された場所を見学し,当時の状況についてお話を伺いました.
 復興商店街班は,5つの事業者様にインタビューを行いました.浜商栄会に加盟している店舗と,加盟していない店舗の両方にお話を伺うことができたため,多角的な視点で当時の様子や現状を把握することができました.インタビューを通して,広報やイベント内容などのソフト面の課題のほか,世代間・店舗間の意識の違いといった組織的な課題も見えてきました.
 夜には,鹿折まちづくり協議会の皆さまと交流会を行いました.地元の方々に教わりながら魚をさばき,自分たちで調理した料理をいただくという貴重な体験ができました.3か月前からメニューを考えてくださったと伺い,温かい心遣いに感動しました.
 二日目の午前は,鹿折まちづくり協議会の方々をお迎えし,事前調査および初日に行った現地視察・インタビューの成果を各班から発表しました.その後の意見交換では,学生だけでは気づかなかった視点からの意見をいただき,大変勉強になりました.一方で,議論の進め方に課題も見つかり,今後の反省と改善につなげていきたいと思います.
 午後は,二班に分かれ,リアス・アーク美術館と,陸前高田にある東日本大震災津波伝承館を訪問しました.私たちは後者を訪れました.震災遺構として保存されている気仙中学校では,三階建ての校舎の屋上まで津波が到達したことが示されており改めて被害の甚大さを実感しました.避難できなかった人を置き去りにせざるを得なかった苦悩や,流されていく人を目の前にして何もできなかった無力感など,被災者の生の声に深い衝撃を受けました.津波映像の視聴を通して,これまで想像でしか捉えられていなかった災害の現実を強く感じました.

 今回の調査では,事前調査では見えなかった地域の実情を直接知ることができ,多くの学びと気づきを得ました.まちづくり協議会の方々から「外部からの目がなければ気づかないこともある」との言葉をいただき,私たちの活動が少しでもお役に立てたことを嬉しく思いました.
 最後に,今回の調査にご協力くださったまちづくり協議会の皆さま,インタビューを受けてくださった皆さまに,心より感謝申し上げます.

能登半島地震21ヶ月(1年9ヶ月) 研究室 復興訪問調査 

 市古研究室学部3年の伊佐です.今回は2025年3月に引き続き,9月に行った能登半島地震復興調査ついて報告します.
 調査1日目の9月15日は,輪島市金蔵地区を訪れました.金蔵地区では,フィールドワークとして,20241月1日に発生した能登半島地震による建物の被害・復興状況,耕作地の利用状況調査を行いました.また,NPO法人金蔵学校の石崎さんに金蔵再生のための活動や今後の復興ついてインタビュー調査を行いました.
 実際に訪れて感じたのは,静かな山あいにありながらも人と自然,暮らしがしっかり息づいている集落だということです.果樹園づくり,地元産の味噌・野草茶など,地域資源を活かした新たな取組が進められており,挑戦と創造の集落であると感じました.また,お昼にジビエカレーをいただいたのですが,お肉が柔らかくてとてもおいしかったと同時に,金蔵で捕ったイノシシ肉を使用しているため害獣駆除や地産食材を活かす生活文化の深さを実感しました.
 金蔵集落の調査で最も印象的だったことは,石崎さんの「平時から地域の人同士でお互いに思いやりや感謝の気持ちを大切にすること」という言葉です.金蔵では「総がかり」と呼ばれる助け合いの精神があり,震災時にも買い出しや支援物資の提供を交代で行うなど,思いやりを基盤にした支援が自然に行われていたと伺いました.ルールや義務ではなく,人と人との信頼に基づく助け合いが地域の力となっている点が印象的でした.また,「帰る場所,心の拠り所としてのふるさとを残したい」という言葉からは,変化の激しい現代においても“変わらない価値”を大切にしようとする強い意思が感じられました.石崎さんは,地域の課題や取り組みの成果を冷静に見つめながらも,諦めずに挑戦を続けており,その姿勢に深い尊敬の念を抱きました.


 はじめまして,市古研究室学部3年の佐藤綾です!
 調査2日目の9月16日は,2班に分かれて甲地区の資源マップを作成するため,フィールドワークを行いました.その後,能登半島地震の際に避難所として利用された旧兜小学校の見学をした後,かねてからB4の居山さんと親交があった東井栗園さんで栗拾いの体験をさせていただきました.
 甲地区でのフィールドワークを通じて,私たちは「残したい」「伝えたい」と思える風景や営みに数多く出会いました.それは,黒瓦の家並みや海と山の近さ,静けさに包まれた暮らし,そして人の温かさなど様々です.参加者それぞれが見つけた「甲らしさ」は少しずつ異なりながらも,共通していたのは「甲の魅力を,未来へどうつなぐか」という問いであると感じました.
多くの参加者が注目したのは,甲の「風景」と「人の営み」が織りなす独自の価値です.海と山が視界に同居する地形や,海のそばに広がる家庭菜園と畑.自然と暮らしが地続きであることが,甲の大きな魅力として語られました.黒瓦と木材で統一された家並みは,バラバラに建つ家々の中に不思議な調和を生み出し,地域の歴史や文化を象徴する景観資源となっています.
 震災後に整備された「ボラ待ち館」や旧甲駅など,復興の記憶と未来の拠点としての可能性を秘めた場所も,継承すべき大切な資源です.また,静けさや水の音,虫の声といった「音の風景」や,住民の温かさ,外からの人を受け入れる寛容さも,目に見えない資源として印象に残りました.
 一方でらこれらを守り続けるには,人口減少や高齢化による担い手不足や外部との関わりのバランスなど,課題もあることが改めてわかりました.

 参加者が考えた兜の魅力を伝えるキャッチコピーには,甲の魅力がぎゅっと詰まっていました.

    • 「海と山,ひとつの場所で2つの絶景」
    • 「バラバラなのに,ひとつになるまち甲」
    • 「賑わいすぎない心地よさ」
    • 「いつかあなたも帰りたくなる場所,かぶと」
    • 「海と山と人と,ぜんぶがちかくて,いいところ.」
    • 「畑から,庭から,自然から,植彩のまち甲」
    • 「能登の原風景まるっと,穴水・甲」
    • 「重ねた時代が響き合う,甲のまち並み」
    • 「自然と人が織りなす,心地よい風景」
    • 「思い,思われ,思いやり」
    • 「自然と人とが共存共栄するまち」
    • 「海と共存した生活風景」

どの言葉にも,甲で感じた風景や人の姿,そしてそこに流れる時間への敬意が込められていました.甲地区の魅力を肌で感じたり,避難所運営後そのまま残る旧兜小学校を見学したり,栗拾いをして甲のすてきなお土産をゲットしたりと,盛りだくさんな2日目となりました!

 市古研究室学部3年の横山茉衣です.
 調査3日目の9月17日は,七尾市内の各地域で班ごとに現地調査を行いました.金蔵地区では住民協議会の方々へのヒアリング,自由調査班は和倉温泉周辺の被害状況の確認を行うなど,地域ごとの状況を多角的に捉える活動となりました.私はその中で,七尾市の矢田郷地区コミュニティセンターを訪問しました. 
 矢田郷地区コミュニティセンターでは,事務局長の関軒さんから,地震発生直後から現在までの避難所運営について伺いました.センターは発災当日から避難所として開設され,地域の人々の避難先であると同時に,物資支援の中継拠点としても機能していたそうです.事務局長をはじめ職員の方々は,「当初は避難場所と避難所の違いも知らないほど,防災の知識がなかった」と話してくださいました.それでも,事務局長ご自身を含め皆さんが被災者として混乱のさなかにありながらも,コミュニティセンターに避難してきた人々を守るために,「人々のために必要だと思ったことはすぐに行う」という気概でさまざまな対応をされていたと伺いました.その姿勢に,想定外の状況にも臨機応変に対応する行動力と地域への強い思いを感じ,深く印象に残りました.特に心に残ったのは,「STAFF」ではなく「困り事・ご相談」と書かれたビブスを着用していたというお話です.職員を “運営側”として線を引くのではなく,同じ立場で支え合う姿勢が感じられました.また,複数の部屋を活用して家族ごとに避難できるよう調整したり,子どもが安心して過ごせるスペースを確保したりと,福祉避難所に近い形で運営が行われていたことも印象的でした.避難所内には花やメッセージボード,テレビでのお笑い番組なども取り入れられ,心の疲れを和らげる工夫も多く見られ,こうした細やかな配慮の積み重ねに,現場の温かさと経験に基づく知恵を感じました.また,こうした取り組みの背景には,地震以前から続く地域内のつながりと信頼関係があったことも大きかったといいます.
 こうしたお話を伺う中で,災害時の対応力は特別な仕組みだけで生まれるものではなく,普段からの顔の見える関係づくりや,地域に対する思いの積み重ねの上に成り立っていることを感じました.矢田郷での経験を通して,地域の力とは何かを改めて考えるきっかけになりました.
 今回の能登半島地震復興調査を通して,地域の方々がそれぞれの立場で復興に向き合う姿や,日々の暮らしの中に息づく支え合いの力を目の当たりにしました.現地では被災の爪痕がいまだ残る一方で,その中でも前を向いて歩もうとする人々の思いが確かに息づいており,地域に根ざした復興のあり方について深く考えさせられました.現場で見た光景や伺ったお話の一つひとつから,地域の方々が互いに支え合いながら日常を取り戻そうとする強さを改めて感じました.また,調査を通して先輩方の行動力や周囲への気配りにも大きな刺激を受けました.インタビューの準備や進行だけでなく,後輩の動きにも常に目を配りながら活動を進める姿を見て,自分達も今後はより広い視野を持って行動したいと感じました.B3として研究室に加わったばかりですが,今回の能登調査を通じて多くの学びや気づきを得ることができました.今後は,先輩方の姿を手本に,主体的に考え行動しながら,研究室での学びをさらに深めていきたいと思います.