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気仙沼鹿折まちづくり協議会との旧大船渡線サーベイ

はじめまして、今夏より研究室メンバーに加わりました学部3年の佐藤です.よろしくお願いします.

 さて今回私たちは主に大船渡線鹿折地区の廃線跡利活用についてのワークショップのため、宮城県気仙沼市とその周辺を10/11~12の日程で訪問させていただきました.私個人としては初めての研究室での調査かつブログ執筆となります.拙い文章でお見苦しいところも多々あるかと思いますがお読みいただければ幸いです.

 1日目は東京駅7:16発の新幹線にて一ノ関駅へ向かいました.貧乏ながら旅行が好きな筆者の場合東北方面へは夜行バスでの移動が主なので、一ノ関まで2時間というのは感動的、まさに夢の超特急でした.一ノ関駅で研究室メンバーと合流し、レンタカーに分かれて乗車.市街地に位置する鹿折ふれあいセンター(鹿折公民館)へ向かいました.到着するやいなや建物がたくさん立ち並んでいる姿に驚きました.私は7年前の2017年に一度気仙沼を訪問したことがあるのですが、当時は砂漠のような黄土色の土に覆われた街だったと記憶しています.

 こちらにて鹿折まちづくり協議会の方々とお会いし、大船渡線鹿折地区の廃線跡を視察させていただきました.今回廃線跡利活用について検討する旧上鹿折駅~鹿折唐桑駅間は北側には鹿折金山資料館や旧白山小学校を活用した酒造会社「角星」の製造場が立地しており、南側には市街地が広がっているほか鹿折唐桑駅にはBRT転換された大船渡線が接続しています.はじめに対象となる区間の北側まで車のなかから一通り視察しました.失礼ながら下調べを怠っていた筆者自身は廃線跡と聞いて線路や橋梁が残された状態を想像していたのですが、実際に訪れてみると踏切や橋梁はおろか線路や枕木は残されておらず、砂利や橋台のみが鉄路のあったことを示している様相でした.

 昼食ではさんまのつみれ汁をいただきました.数年前までは安価だったさんまは温暖化による回遊ルートの変化や外国船による漁獲量の増加などにより不漁がつづいています.私自身久しぶりにさんまを口にできてうれしく思いましたが、気仙沼の方々も滅多に食べられないとおっしゃっていました.とてもおいしかったです、ご用意いただきありがとうございました.

 午後は廃線跡視察の続きを行いました.山に接している区間では山側の木々が廃線跡まで侵食が進んでおり、放置していると線路脇の民家や農地にも侵食していくことが予想される状況でした.「自然」と「人間」のテリトリーの境界となっていた線路が廃線となったことでその境界が曖昧になり、人間のテリトリーが後退してしまっているともいえると思います.南側の市街地の区間でも草木が生えてきており、自然に還りつつあるという印象でした.なかでも杉は成長スピードが早いと伺いました.また自然に還りつつある廃線跡が獣道となっている実態もあるようで、実際に廃線跡にはカモシカや二ホンジカのフンが見られた他、お話によると熊の道にもなっているようでした.

 夕方には気仙沼市復興祈念公園を訪問させていただきました.気仙沼港や鹿折の市街地を一望できる高台にあり、犠牲となられた方々の名が刻まれた銘板などが設置されていました.とても静かな場所で景色をみながら被災された方々や街の様子を想像の域を出ないながらも偲ぶことができたと思います.その後は気仙沼市魚市場にあるクッキングスタジオにて、気仙沼の海産物をいただきました.カツオの刺身やたたきからメカジキの煮つけに加え、地酒まで振舞っていただきました.中でもカツオを解体するところからいただける体験は今後もさせていただくことのない貴重な機会だったと考えています.その後ホテルに向かい、明日まちづくり協議会のみなさまに向けて行う廃線跡利活用の提案に向けた発表準備をしました.各メンバーが今日の廃線跡視察を踏まえて思ったこと考えたことを整理しながら班ごとに提案としてまとめていきました.

 翌12日はホテルで朝食を取った後、市民福祉センターへ向かい、まちづくり協議会に向けた廃線跡利活用の提案発表会を行いました.まずはじめに市古先生と平木先生より、鹿折地区の住民を対象としたアンケートの集計結果の解説とそれに基づいた利活用提案のプレゼンテーションがありました.参加されていた協議会のみなさんは統計学を用いた市古先生の集計結果分析に驚くと同時に感心している様子でした.ご自身で建築士事務所を開いていらっしゃる平木先生のご提案も、建築の専門家の視点でパースを用いた具体的なもので私も敬服いたしました.質疑応答の時間にも様々な質問が飛び交い、参加されているみなさんの廃線跡に持つ関心の高さや本気度を伺うことができました.

 この後でいよいよ学生の発表となりましたが、市古先生と平木先生の高度なプレゼンの後に学生である私たちがたった一晩で作った提案を発表して果たして評価いただけるのかどうか不安に感じました.しかし発表のあとに行われた座談会では、私たちの発表から新しい視点を得ることができたという意見もいただき、内心ほっとしました.例えば廃線跡を緊急輸送道路に転換することを望んでいる住民の方からは、撤去されてしまった橋梁を新たに架けなおすこと、特に緊急車両が通れる規格のものを用意しなおすことの難しさに気づかされたというお話がありました.その一方で私たちの観光資源として開発するという提案に対して担い手をどうするのか、初期投資を行政やJRが担ってくれるのだろうかという現実的な批評をいただきました.私自身も時間の都合上妥協してしまった点が多くあったため、より多く時間をかけることができたらなぁという残念な気持ちと、住民の方の十分納得する提案には至らなかったやるせなさを抱きつつ鹿折を離れることとなりました.

 午後は大船渡周辺を視察するグループと同じく気仙沼市の階上地区を視察するグループに分かれて行動しました.私は後者でしたのでそちらの報告となります.はじめに訪れた階上地区長磯浜住宅は災害公営住宅として建設された新しい住宅地であり、市古研研究生の葛さんの研究の一環で訪れました.葛さんは住民の方々が庭や駐車場などの敷地内の建物が立っていない部分をどのように活用しているか、また各住宅とあるいは道路との敷地境界をどのようにしているかを中心に視察されていました.私も住民それぞれに様々な活用の仕方があり興味深く観察しておりました.例えば庭で家庭菜園や園芸をしているご家庭がある一方で、椅子を用意して外で陽にあたってゆったり過ごすことができるようにしているご家庭もありました.また特に手を加えずそのままにしているように見受けられるご家庭もありました.敷地境界についても境界が可視化できる形で15㎝程度の園芸用の花壇フェンスを立てられているご家庭もある一方で、何もせず境界が視覚的には曖昧になっているご家庭もありました.それぞれのお考えや思いがあってそのようにされているのだと思いました.防災集団移転事業のひとつで行われた杉の下集落では市古先生が大きく関わってきたそうです.津波の被害を受けた方々ができるだけ元の住まいに近い形で暮らしを続けたいとの想いから、数百m程度離れた高台へ居を移し生活されています.視察しながら、電柱の位置ひとつについても丁寧に議論したとのお話をいただき、住まい方へのこだわりを感じました.

 その後は気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館(旧気仙沼向洋高校)を見学しました.私は個人的にこれまでも東日本大震災で津波被害を受けた学校の遺構は訪問してきましたが、最も津波の押し寄せた高さに恐怖を感じたと思います.私の母校も海岸に近く津波被害を受ける可能性もあるので、津波被害で校舎が様変わりしてしまった様子を在校生や卒業生が見たら多少なりとも心に来るものがあるだろうと思いました.高校のグラウンドだった敷地はゴルフ場となり賑わっており、更地になりがちな津波の被害を受けた地区の活用法としてよい例ではないかとも考えました.

 その後私が以前より視察したいと思っていた大谷海岸の復興現場に連れて行っていただきました.大谷海岸では高さ約10mの堤防の建設にあたって、その土地の確保のため海岸が失われてしまう他、道路などから海が見えなくなってしまうことが予定されていました.そこで廃線となる線路の用地を活用することおよび、周辺の土地全体を嵩上げすることで海岸の保存と景観の維持を達成することができています.この工事にあたって従来の駅に代わるBRTの駅および道の駅大谷海岸が造られていますが、予想以上の賑わいに驚くとともに、保存に成功した海岸を眺めながら堤防でゆったり過ごすカップルや砂浜で遊ぶ家族の姿に感動もしました.海岸では流れついたゴミや流木でアート作品をつくっている方がいらっしゃりお話を伺ったところ、せっかく保存した海岸を美しく保つとともにできることで盛り上げたいという想いで活動されているそうです.その後道の駅で各自お土産等を購入し帰路につきました.

 今回の調査を通じて、研究室所属以前の個人的な被災地訪問では気づくことのできなかった視点で視察することができた他、研究室という単位でしか関わることのなかったであろうまちづくり協議会をはじめ地域住民の方々とお話することでより理解が深まったと感じています.今後とも研究室活動を通して何かしらの形で復興活動の一助となれれば幸いです.

能登半島地震8ヶ月 集落復興調査

 こんにちは!市古研究室学部4年の鈴木です.
 今回は2024年9月に行った,能登半島地震調査について報告したいと思います.

 2024年1月1日に発生した能登半島地震では多くの人の命だけではなく,ふるさとまでもが失われました.そのような状況が回復しつつある中,豪雨による河川の氾濫や土砂災害により,通行止めなども発生していました.直前までどうなるか分からない状況でしたが,調査を行うことができました.

 1日目は,石川県穴水町にある甲集落を訪れました.甲集落では1月の地震発生時に地盤の隆起が発生し,隆起した部分がわかる状況になっていました.
甲集落では,区長の方から震災発生時の集落の様子や避難生活についてのお話を伺いました. 震災以前から築かれていた地域の絆があったからこそ避難生活や避難所運営が上手くいったという貴重なお話を伺い,日頃から地域内で役割分担をしながら活動していることが有事にも役に立つということを改めて実感することができました. また,集落内を歩いていると,地震で傾いた自宅を自力で修復した方にお会いしました.昔から馴染みのある自宅やふるさとに対する強い想いを感じるとともに, 住まいの再建についてより丁寧に考えるべきであると気付かされました.

 2日目は金蔵集落を訪れました.金蔵集落は里山風景や棚田の美しい風景が広がっている地区で,地震や豪雨による被害の爪痕は残されていましたが, 自然豊かな風景を実際に目にすることができました. 金蔵集落では,井池様にお話しを伺いながら,棚田やお寺などの集落資源を調査しました.地域の重要な文化において,担い手不足や高齢化による課題を抱えながらも, 金蔵の魅力を発信していくための取り組みを検討していました. 金蔵地区以外に住む外部の人たちを巻き込みながら, 金蔵の魅力を伝えていくことや文化を経験することが, 金蔵地区の将来につながるのではないかと感じました.

 3日目の午前は,輪島市の門前町を訪れました.道下集落では仮設住宅を見学しました.
集会所では, 居住者が心地よく過ごせる空間を作ろうと本を置いたり,石鹸づくりや体操などのイベントを行ったりしていました. 集会所にいた方にお話を伺うと,支援に頼るだけではなく,支援してくれている人を称えることや, ご自宅から花を持ち寄って集会所に置く等, 自分たちで主体的に行動している姿が印象的でした. 集落近くの海では, 地震による隆起がはっきりと認識でき,地震の威力を改めて感じました.

 午後には,二手に分かれ和倉温泉と下唐川地区を視察しました.下唐川地区では, 実際に住まわれている方のご自宅を拝見させていただきました.下唐川地区では, 地震発生による土砂災害や道路の崩壊を自分たちの力で復旧させた経験をしています. 発災時にどのような対応をしたのか, 住宅でどのような暮らしをしているのか等についてお話を伺うことができました. お話を伺っている間にも, 外にある共有スペースで住民の方が集まって笑顔で談笑する様子が見られ, 住民の方々の日常を感じることができました. 仮設住宅の外からだけではなく, 中に入って住宅を見ることがなかったので, 非常に貴重な経験になりました.

 3日間の調査を通して,地震の被害や影響の大きさを改めて感じることになりました. 豪雨の影響もありましたが, 崩壊した家屋や瓦礫が残されたままの状況で, マンパワー不足を感じるとともに, 完全な復旧までの道のりの長さを実感しました. 実際に被害を受けた方のお話を伺い, 印象的だったことは「ふるさと」がなくなってしまうということの恐ろしさです. 慣れ親しんだ土地や建物, 自宅がなくなってしまうということが自分の人生にどれほどの影響を与えるのかを想像するきっかけになりました. 
10月にある鹿折調査でも, たくさんのことを吸収し, 学びに繋げたいと思います!

横浜大岡川源流と氷取沢調査

 こんにちは,市古研究室学部4年の伊東です.
 今回は,2024年6月に実施した横浜調査について報告したいと思います.

 今回は横浜市の南に位置する磯子区氷取沢町を訪れました.
 氷取沢町は磯子区の最南に位置する地域であり,西側を氷取沢市民の森,中心に大岡川,など自然に囲まれた豊かな街です.一方で,土砂災害特別警戒区域や浸水危険マップも地域内に広がっています.
 そんな氷取沢町は災害に対する街づくり,つまり防災まちづくりに積極的な取り組みをしています.当地域は2007年,小学校の統廃合により町内に地域防災拠点が消滅しました.災害危険度が高いだけでなく,坂道も多く高齢者を始めとして避難所への移動への難しさなど,様々な理由から防災への意識が高まりました.住民らは定例会や街歩きを行い,地域における課題と地域としての解決策や方向性を定める街づくりのプランを策定しました.それが横浜市地域まちづくりプランであります.一般的に防災に対する住民らの街づくりは地区防災計画ですが,氷取沢町は防災だけでなく,ごみや医療の問題も災害と関連付けた街づくり内容となっています.こうした防災だけでなく,地域の諸課題と結び付けた防災まちづくりが現代の街に求められているのではないかと考え,その成果と課題を研究している過程であります。
 そのため、私は卒業研究のテーマを【持続可能な防災まちづくりの構成要素とは】と設定しています.上記の理由から対象地を氷取沢町に設定しており,これまで当プランの策定においてコーディネーターの方にインタビューをするなど研究を進めていました.そして,実地踏査としては,今回初の対象地訪問だったのでとても楽しみにしていた調査でもありました.
 今回のルートとしては,大まかに3段階あります.まず氷取沢市民の森を抜け,大岡川源流域小川アメニティを目指します.次に氷取沢町における一時避難場所「氷取沢公園」・「氷取沢神社」です.最後に町外に位置する最短の地域防災拠点「さわの里小学校」がゴール地点としました.

1.氷取沢市民の森.大岡川源流域小川アメニティ

 最寄りバス停である臼杵から氷取沢市民の森,小川アメニティを経由して,氷取沢の中心地まで徒歩で向かいます.距離にして3キロもありました.当日は悪天候もあり,約1時間かけて自然の中を歩き回りました.また高低差100メートルであり,土壌がぬかるむ中滑ることも多々ありました。(笑)本来は清流のせせらぎを感じ,野鳥や昆虫など豊富な生き物たちを目にすることができるそうです.また天気が良ければ箱根や富士山も見渡せるほど,絶景も広がっています.小川アメニティ付近では,休憩所やベンチなど数多く設置されており,ハイキングコースとしても人気のスポットのようです.小川に沿って整備された小径で歩くと,より自然の豊かさを肌で実感することができて,とても気持ちがよかったです!

2.氷取沢公園.氷取沢神社

 左図は氷取沢公園の様子です.当日は,悪天候かつ平日の昼間であったため,人通りはほとんどない状態でした.まちづくりプランでは町外に移転した地域防災拠点と同じような拠点としての機能を持たせることが計画されています。ただ公園のすぐ背後が土砂災害警戒区域に設定されていることもあり,難しい点もありそうです.また公園の入り口には丁寧に植えられた花壇やイベントのチラシが多く貼られている掲示板を確認しました.当日はなかなか見ることができませんでしたが,住民の方々による地域活動も活発に行われているようです.
 続いて右図が氷取沢神社の写真です.氷取沢神社の創建年代等は不詳ですが,一説によると江戸期からあるといわれています.神社自体は大きな建物ではないものの,氷取沢の鎮守と呼ばれているように,何か神秘的な雰囲気を感じました.これは一緒に調査をしていたYさんに教えて頂いたのですが,神社は神聖なものであり,崩されたくないという想いから,より安全安心な場所に位置しているようです.神社が一時避難場所に指定されているのはこうした理由もありそうですね.

3.さわの里小学校
 最後に氷取沢町外に位置する「さわの里小学校」まで歩きました.私たちは一時避難場所である「氷取沢神社」から向かいましたが,ずばり遠いと感じました.徒歩し続けていたことでの疲労感もありましたが,横浜特有の急勾配の坂道は避難時にも大いに影響していると実感しました.また幹線道路を通って,小学校へ向かいましたが,発災時通ることができない場合,どこへ避難すればよいのか,やはり町内に拠点を持つことは必要不可欠であると考えました.また小学校に向かう道の途中には,高齢者用の施設等が多く見えました.遠い避難所に向かうことが難しい方向けに,発災時の避難場所として提供することができれば,氷取沢町における距離の問題はある程度解決することができるのではないかと感じました.

 序盤で記した氷取沢町におけるまちづくりプランには発災時だけでなく,平常時の方向性も記されています.2.で訪れた氷取沢公園を地域の拠点として,子供から大人まで平常時・非常時関わらず活用できるような計画内容です。掲示板に貼られているイベントのチラシの数や,コーディネーターの方のインタビューより,平常時の活動にも積極的な地域であると実感しました.ここで一つ疑問に感じたこととしては,地域イベントの主催者・管理者はどのような方なのかということです.4自治町内会が存在する氷取沢町では,イベントがどのように運営されているのか,そして防災・発災時の対応においてどのように影響するのかがとても興味を持ちました.また,イベントがある日に訪れてみたいと感じました,人々のつながりや雰囲気は実際にイベントへ参加することでより住民の目線で研究を進めることができると思います.
 今後として,これまでの調査を参考にしつつ,氷取沢防災まちづくりの会の会長様に対してヒアリング調査をさせていただく予定です.質的調査がメインとなるような研究なので,言葉の整理などは慎重に行いたいと思います.

 最後に当日悪天候の中,私の調査にご協力いただいた研究室メンバーの皆さん,市古教授,誠に有難うございました.

学生からの研究室紹介(2024/5月バージョン)

 こんにちは.市古研究室修士2年の山本です.今回は,2024年前期の市古研究室について紹介したいと思います.研究室配属を控えた学部3年生の皆様,進学を希望される皆様はぜひ研究室選びの参考にしてみてください!

 現在,市古研究室には学部4年生が4人(うち1人はオランダに留学中),修士1年が2人,修士2年が3人,研究生が2人,合計11人が在籍しています.ここからは,研究室の様子を4パートに分けてお伝えします!

その① 研究室会議

 約2週間に1回のペースで,学生と先生が集まり研究室会議を行なっています.会議では,その回の発表者が研究の進捗状況を報告します.学年に関係なく鋭い質問や指摘が飛び交い,自分が発表するときは毎回ヒヤヒヤします.学生が積極的に発言する点は市古研の魅力の1つです.仲間と意見交換をする時間は,自分の研究を違う視点から見直す良い機会になっています.

その② 就職活動

 学部4年生と修士2年生はこの春就職活動に取り組みました.不安いっぱいの就職活動もみんながいれば大丈夫!研究室メンバーにエントリーシートを添削してもらったり,面接でのプレゼン練習に付き合ってもらったりと,お互いにサポートし合いながら取り組みました.

その③ ナラティブ調査

 市古研では9月と2月の年2回,復興ナラティブ調査に行きます.実際に被災地に足を運んで見聞きし,得た知識や思いは都市防災・災害復興について学びや考えを深める貴重な財産となります.今年は9月23日(月)〜25日(水)の日程で,石川県の能登地方に訪問する予定です.

その④ 研究室メンバーの調査

 研究室メンバーがそれぞれ取り組んでいる卒論・修論の調査をお手伝いする機会が豊富です.予定では6月に横浜市氷取沢現地調査(卒論),9月に墨田区でのスタンドパイプ訓練(修論)を実施予定です.研究室メンバーも張り切って参加します.

最後に,市古研究室の魅力はたくさんありますが,

    • 様々なプロジェクトを通じてまちづくりの現場を体験することができる
    • 笑い声が絶えない
    • 人が良い以上の3点が私が感じる主な魅力です.少しでも市古研の魅力が伝われば嬉しいです!

山口県瀬戸内地域の架橋離島調査

 こんにちは!学部3年の高松です.
 2023年12月28日から2日間,地元である山口県東部地域の架橋離島の調査に行って参りました.
 私は平時は本土と繋がっている架橋離島が事故や災害で本土と寸断された際にどのような対策が考えられるかを卒業論文のテーマにしたいと考えています.その中で実際に事故や災害で本土と寸断され孤立状態に陥った下松市笠戸島や上関町長島を実際に目にすることができ,また地元である周南市粭島では鼓南をよくする会の温品徹会長を始めとした方々に貴重なお話を聞かせて頂くなどの得難い経験をすることができました.
初日の28日には,まず2018年7月豪雨で道路が寸断され孤立状態に陥った下松市笠戸島に訪れました.笠戸島では本浦地区や深浦地区などの美しい漁村集落をみることができました.一方で集落内にある小学校が公民館になっているなど,過疎化が進行している状況もみることができました.そのような中で集落内には地域担当者制度と書かれた職員の顔写真付きのポスターが貼られており,下松市が顔の見える地域支援を行っていることには驚きました.
また2018年に起きた土砂災害の爪痕もみることができ,道中では大規模な崩落防止工事が行われていました.そして2018年豪雨で物資輸送の拠点となった新笠戸ドックでは,巨大なコンテナ船が建造されており,その迫力に驚きました.
 その後2021年の事故で橋が一時期通行止めとなった上関町長島に訪れました.長島では美しい石壁と,家々が密集した漁村集落の様子をみることができました.また長島は島の先端部が放射性廃棄物の中間貯蔵施設建設予定地とされており,様々な議論が行われていますが島内の集落にはこの建設を巡るポスターや横断幕が一つもないのには驚きました.その後は海岸線に浮かぶ美しい夕日を眺めながら周南市中心部へと戻りました.
 2日目は地元であり,2006年の豪雨によって一時孤立状態に陥った周南市粭島に向かいました.道中では日本精蝋徳山工場の石油タンクが連なっている様子を見ることができました.また粭島島内では,丁度移動販売車がやってきており住民の方々が買い物をされていました.
 その後,鼓南をよくする会会長である温品徹さんが経営されているホーランエー食堂にて温品さんにインタビューをさせていただきました.温品さんは粭島を含む鼓南地区で地域の困りごとを解決し,地域を盛り上げていこうとする鼓南をよくする会の会長をされており,約30名が所属しているとのことです.まず地域の困りごとを解決するという点では,お助け隊という有償ボランティアを運営されており,耕作放棄地の草刈りから台所仕事まで地域の人の困りごとの解決に取り組まれているそうです.また地域を盛り上げる活動では,島の対岸にある日本精蝋とコラボしたカレンダーの作成や,大豆から栽培する味噌づくり,竹灯籠の作成などを行われているそうです.一方で取り組みの課題として,温品さん以外に地域に積極的に関わる人を増やすことを挙げられていました.私も一人の力では限界があることから,粭島に限らず地域を盛り上げる際には多くの人が積極的に関わっていくことが重要であると感じました.また温品さんは消防団にも入られていることから,鼓南地区の消防団活動や防災についてもお話を聞くことができました.まず消防団については,鼓南地区に居住しており仕事場も鼓南地区内であれば加入することができるなど,非常に開けた運用がされていることに驚きました.一方で防災については,2006年の災害では早期に船による輸送がおこなわれたことから孤立したというイメージはないというのが印象的で,孤立時における海上輸送の重要性を理解することができました.
 次に2006年の災害当時に粭島の連合自治会長をされていた高松順輔さんにお話を聞くことができました.順輔さんは2006年の災害対応について詳細に語ってくださり,また当時の対応について行政に対して問い合わせもしていただきました.一方で近年の課題としては,台風などの災害時の避難先が島内の粭島市民センターではなく大島市民センターへ避難しなければならなくなり高齢者等の避難が難しくなっているというお話を聞くことができました.
 最後に現連合自治会長の香川里ひろさんにお話を伺う事ができました.香川さんは連合自治会長として防犯灯の管理や台風時の防波堤管理,市議会議員への陳情等を行われているということでした.その中で,市から依頼された仕事が多い一方で市からの報奨金が年数万円であるということに対して,自治会に対する人,お金の援助を強く求められていたのが非常に印象的でした.
 今回の調査においては,インタビュー場所を提供してくださり順輔さんや香川さんに連絡を取っていただくなど温品徹さんに大変お世話になり感謝申し上げたいと思います.また,インタビューの中では香川さんの災害対策はお金があれば無限にできると言われていたのが非常に印象に残りました.しかしながら粭島を始めとする多くの地域では地形や予算,人員不足の問題により代替路の確保や避難所に課題を抱えているところが多いと実感することができました.調査を行ってから僅か数日後に発生した能登半島地震においても,道路の寸断が発生し多くの孤立地域が発生しました.そうした中において,海上を活用した物資の輸送などの孤立地域へのいち早い援助の仕方や,人口が少ない中での避難所運営などを考えていく必要があると強く感じました.
 初めてのブログ投稿で拙い箇所も数多くあったかと思いますが,最後まで読んでいただきありがとうございました.

2023年の年末の研究室

 はじめまして!市古研究室修士1年の山口です.
 今回は,年末の研究室における学生の頑張りをお伝えしたいと思います.
現在,市古研究室には来年3月末に卒業を控えた学部4年生と修士2年生が計8人います.その学生たちは,卒業及び修士論文の提出に向けて,朝早く登校し,夜遅くまで自身の研究の最終追い込みを行います.私もその姿を見習って残りの1年3か月を頑張りたいと思います.

 さて,研究室では自分の研究以外にも大田区羽田地区の事前復興まちづくり訓練における,学生からの復興まちづくり提案を行っています.このプロジェクトは,上記の学生に加え,学部3年生と修士1年生も参加し,計14人態勢で行っています.昨年度から始動していたこのプロジェクトは,この12月に学生からの提案の本発表ということで現在大詰めを迎えました.そのため,論文を作成している学生以外にもほとんどの学生が昼夜問わず作業をし,時には熱いディスカッションを行っていました.そして,本番では各提案について,満足のいく発表をし終えることができました!本当に皆様お疲れさまでした,ありがとうございましたm(__)m

 また,12月18日には私の研究の一環であるスタンドパイプによる消火訓練を行いました.当初は,時期も時期なので参加人数は限られてくると思いましたが,多くの研究室メンバーに参加していただき,無事終えることができました.

 そう,これが市古研究室のいところ.みんなが一人のために,一人がみんなのために動けること!これは,なかなかできることではなく,とても素晴らしいことだと思います.
そんなこんなで,市古研究室は年末も活発に活動しております.
大変な時も,どんな時も,市古研究室メンバー全員で支えあって頑張ってます!!

気仙沼鹿折まちづくりワークショップ・アクションリサーチ

 こんにちは!学部3年の伊東です.
 2023年10月,宮城県気仙沼市を中心に2日間調査に行って参りました.東日本大震災後,私は初めて東北へ足を運ぶことができました.大学での講義等を経て学んだこと・その地域を実際に目で見ることができ,とても貴重な体験となりました.

 10月28日の午前中は世界文化遺産に登録されている中尊寺を訪れました.3000点以上の国宝・重要文化財がある中,金色堂の迫力には圧倒されました.東北が誇る財産を短い時間ながらも堪能することができました.
 次に陸前高田市まで移動し,いわてTSUNAMIメモリアル周辺を探索しました. 私含め,学生一同は時間を忘れてしまうほど美しい海を眺めていました.ただ,少し視線をずらしてみると津波の犠牲者を追悼する献花台が設けられていました.心の準備はしていたものの,少し心が締め付けられる感覚がありました.堤防を歩くとすぐに奇跡の一本松が姿を現し,復興のシンボルとして大切に保存整備されていました.松の下では,手を合わせて復興を祈る方も見受けられました.そんなモニュメントから歩いて数分の場所に気仙沼市立中学校があります.震災当時,当中学校には屋上を超える津波が襲いました.私はデータ上の数値を調べた印象よりも,残された建物や記録から受け取るイメージはより恐怖を感じました. 綺麗な風景と震災の記憶はかけ離れた存在であり,照らし合わせることは簡単ではありませんでしたが,調査員一人一人が何かを感じて持ち帰ることができたと思います.

 初日の最後は気仙沼大島を訪れました.天気にも恵まれ,亀山展望台では気仙沼湾をはじめ海岸の大パノラマを満喫することができました.展望台までは険しい道が続いていたので,途中で休憩を挟みながら,そして学生同士で楽しくコミュニケーションをとりながら山頂を目指しました.気仙沼は2021年前期放送の連続テレビ小説「おかえりモネ」の舞台であることから,山頂では関連したBGMが流されていました.ゆったりとした曲調は感動的な眺望と調和しており,心地の良い時間を過ごすことができました.

 2日目の午前中は鹿折まちづくり協議会が実施する「東中才防災まち点検・防災ウォークラリー」に参加させていただきました.まち点検では,地域内の危険な場所を実際に見て確認し合い,地図上に危険個所をマーキングし,改善のアイデアを話し合います.最終的に地域全体で点検の結果を共有し,質疑応答を行うことによって,地域への理解を深めていました.私の担当ではありませんでしたが,ウォークラリーでは小学生と一緒に通学路の危険スポットを巡り,各チェックポイントにおいて災害に関係したクイズを出題することで,年齢に関係なく防災を知ってもらう機会となりました. このように地域全体を巻き込んで,住んでいる地域の危険性を共有し合い,またその対策を行政に任せるのではなくまずは地域で対応できる力を身に付けるという姿勢は今後のまちづくりの在り方として重要な点であると思いました.結果的に地域内でのコミュニケーションが増えるだけでなく,地域を知り,街への愛着も根付いていくとも私は感じました.

 その後,気仙沼の海岸に沿って南下しました.まず災害公営住宅である長磯浜住宅地を散策しました.今回の調査の責任者である市古教授は長磯浜の復興まちづくりに大きく携わっており,当時の状況を住宅地を周りながら解説していただきました.
 その後車で数分の場所に位置するお伊勢浜に向かいました.震災以前は環境庁の「海水浴場百選」の1つに選ばれるほど賑わっていた海でした.今回の調査では数人がサーフィンしている姿を見かけ,復興の兆しを目にすることができました.
そして調査の締めくくりとして大谷海岸を訪れました.道の駅は深海誠監督の「すずめの戸締り」の舞台ロケ地であり,聖地巡礼のような形になり,私自身とても興奮しました.大谷海岸は砂浜再生まちづくり事業として,減災機能を向上しつつ地域コミュニティの醸成に成功した事例として有名です.計画では行政に対して住民も積極的に意見交換を行い,両者が並走して事業を進めていくことができました.夏には海水浴場として多くの観光客が集まり,憩いの場として人気のスポットにもなっているようです.

 私は今回の調査で改めて被災地に出向いて,震災遺構や記録から自分なりに何かを考え,持ち帰ることの大切さを学びました.自らが進んで獲得した知識や思いはそう簡単には離れません.正常性バイアスの考えから,常に防災意識を持つことは難しいといわれています.ただその現地での思いが残っているのであれば,ふとした時にさらに深く考え,行動に移すことができると思います.結果として防災意識が向上し,災害の際に活かせるはずです.
 初めてのブログ投稿となりました.拙い文章でしたが,最後まで読んでいただきありがとうございました.

以下,参加メンバーの「感想レポ」

  • 二日間を通して多くの場所に訪れましたが,陸前高田が最も印象深かったです.旧:陸前高田市立気仙中学校とタピック45はどちらも建物上部にまで津波が到達したことから,当時の津波の威力を改めて実感することができました.しかし,旧:陸前高田市立気仙中学校は日ごろの避難訓練,タピック45は避難設備により犠牲者が出なかったため,日ごろの備えによって得られた実績も同時に実感することが出来ました.今回は事前学習会の実施により,概要を知ったうえで見学することができ,去年よりも良い震災遺構見学を行えました.皆様,事前学習会の準備ありがとうございました.防災まち点検だけでなく,防災ウォークラリーも通して,多様な世代間で交流することができたため,今回の鹿折ワークショップは,将来の鹿折地区のまちづくりを考えることに貢献することができたのではないかと思います.今回も含めた防災まち点検の成果は仕上げるので,来年以降も,特に今回初参加となったB3と研究生には,研究室での重要な活動の一つとして関わり続けてもらいたいです(T.S.)
  • 皆さんお疲れ様でした.この2日間でいろいろなところに行けて,とても勉強になりました.【中尊寺】14,15年ぶりに行きました.高校では日本史を選択していたので,復習してから行けばよかったなと思いました.旅の始まりにパワーをもらえた気がします.【陸前高田】メディアではよく見る一本松ですが,実物を見たのは初めてです.津波の威力の強さを感じました.【大島】架橋されているおかげで,好きなタイミングで好きな時間だけ訪問・滞在することができましたが,フェリーしかなかったとき,特に災害時は大変だっただろうなと思います.今回は橋を利用しましたが,船でも行ってみたいと思いました.【内湾】熊本とはまた違った復興住宅が見学できました.公民館のような,地区の住民の交流スペースが熊本よりも少ないと感じました.また,庭に漁の道具が置いてある家も多く,漁師町であることが伝わってきました.【お伊勢浜】去年は伝承館の屋上から眺めるだけでしたが,今年は海に近づくことができてよかったです.海の色の感じや,海水がベタベタする感じが東北の海だな~~と思いました.また,堤防を上がったり下りたりしたので,堤防の大きさも実感しました.駐車場にはサーフィンをしに来た人もいて,海水浴場としての一面を見ることもできました.【大谷海岸】お伊勢浜との違いは海と人との距離の近さにあると感じました.道路や道の駅,BRTが近くにあり,海と賑わいの結びつきがみられるエリアだと思いました.震災前も観光地として栄えているエリアだったようなので,その雰囲気との連続性があって良いと思いました(H.W.)
  • 昨年は西中才地区のまち点検に参加させていただいきましたが,今年度は小中学生とその保護者の方を対象とした防災ウォークラリーを担当しました.去年とは違った内容でしたが,様々な世代を巻き込んで行うことも地区のコミュニティ維持には必要なんだなと改めて感じました.被災した方の体験談を直接お聞きするのは初めてでした.70代でも防災士の講座を取るなど,とても意欲的で,こちらが逆にパワーをもらったような気がしました.時間の関係でおひとりの方の体験談のみでしたが,また機会があれば体験談を聞いてみたいなと思いました.島雄幹事ありがとう!去年行けなかったところも行けてとても勉強になったし,B3とも親睦が深められてよかったです.2日間お疲れさまでした!(N.K.)
  • ワークショップ,東中才地域だけで40人前後が集まっており,その世代も様々なことに驚いた.地域の高齢者が若い世代に受け継ごうとする熱を感じて,それを若い人や子供たちも楽しみながら享受できている点に感動した.印象的だったのは,震災経験者の方の,地球の原理を理解するというお話だった.日本で生活する限りは地震とは切ることができないので,受け入れつつも最小限の被害に抑えることが重要であり,そのための努力が行われている地域だと思った(H.N.)
  • 東北地方自体が初めてだったので,全てのことが新鮮だった.教科書やテレビでしか見たことがなかった建物や地域から震災当時の様子や津波の威力の恐ろしさを実感できる良い機会となった.お伊勢浜と大谷海岸ではそこまで距離が離れていないのにも関わらず,防潮堤の雰囲気や圧が全く異なっていて住民の方の地域への思いを感じられてた.一人ひとりの「自分にも何かできないか」という気持ちが地域全体を良くしていくことにつながるということをワークショップを通じて実感した.まずは自分たちが住む地域を知ることで,危険な箇所も含めて,地域を好きになることができるということが印象に残っている(H.S.)
  • 大島展望台の登山過程は忘れられないが,頂上に登って見た景色はもっと忘れられない.秩序ある陸路,スムーズな高架橋,精神的産業などを見ました.私はyoutubで関連する紹介ビデオを見たことがあります.異なる年の同じ機位の展示,復興の歴史の果実,私は展望台で本当に見て,とても衝撃的でした.会議に参加した市民たちは積極的で情熱的で,中国ではこのような活動は極めて少なく,私も初めて参加しましたが,定期的な意見交換は非常に必要であり,非常に意義があると思います(S.K.)
  • 陸前高田には去年も訪れたが,旧気仙沼中学校などの震災遺構は見ることが出来なかったため今回見ることができて良かった.特に旧気仙沼中学校では屋上まで津波が達していたことが分かり,津波の恐ろしさを実感できた.防災まち点検では水害対策上の課題を中心に見て回ったが,近年では豪雨災害が頻繁していることから通水路の拡幅などの対策を行うことは重要であると考えた.また,2012年に土砂災害により孤立が発生したとの話も聞くことができたが,孤立した際の支援方法も考える必要があると感じた.まち点検から帰ってきた後は,危険な箇所や改善点等を地図上にポストイットで記入し貼り付ける手伝いをしたが,自分の手際が悪くスムーズに行うことが出来なかったため来年以降の改善点にしたい(S.T.)

大田区羽田 事前復興まちづくりProject第1回WS

 皆さんこんにちは,修士2年の松澤・大野です.
 先日2023年9月5日,市古先生・博士課程卒業生1名を含めた研究室メンバー11名で,「羽田地区(羽田1~6丁目) 事前復興まちづくり訓練」の第一回の開催・運営に従事しました.研究室としての当訓練への関わりは,本年6月に実施したガイダンスから継続しています.「訓練」と名前はついているものの,実際は地域住民を巻き込んだワークショップの様な形態です.大田区さん・コンサルタントの地域計画連合さんを中心とし,研究室としては「学生らしい防災まちづくり提案」を目指し,三者一体となってこの訓練を運営しています.市古先生によると,研究室からの学生提案を含むプロジェクトはコロナ前以来だそう.勿論現在籍メンバーにとっては初めてであり,不安もありつつも気合の入ったプロジェクトです.
 今回は,ガイダンス含む全4回の訓練のうちの2回目.研究室としては,まちづくり提案の方針をお披露目し,参加者や大田区さん,RPIさんらからたくさんのフィードバックを頂くことが目標でした.当日参加できたメンバーは11名ですが,実はこの訓練に向けては,研究室全員一丸となって多くの時間をかけて準備してきました.

 研究室として用意したものは①研究室からみた羽田の街を表現した「羽田ってこんな街だよね!MAP」②提案内容を示すプレゼンボード③提案の対象地の模型の3種類です.①は研究室全体の意見をM2松澤さんを中心にまとめ,②③は提案内容ごとに4班に分かれて作成しました.
 ①「羽田ってこんな街だよね!魅力資源MAP」と「もっと羽田をこうしたい!」提案資料は,研究室でのまち歩きをはじめとした事前学習を通し,各々が感じた「羽田の街の姿」「羽田の魅力あるスポット」を洗い出し,手書きのイラストと共に見やすくまとめたもの.手に取った人に一目で羽田の街の雰囲気が伝わるようなMAPを目指しました.

 ②各班の提案内容を示すプレゼンボードは,各班が現時点での提案内容をまとめたもの.提案内容を考える際には,班の枠を超え日々研究室内で活発な議論がされました.実現可能性や羽田の街の将来像など,様々な視点から議論を重ね,各々の街への想いが反映されたプレゼンボードとなりました.

 ③各班の提案の対象地の模型(路地班,水辺班,高架下班)は,主に班ごとで作成しました.初めて建築模型を作成するメンバーも多い中,建築学科出身者を中心に,各班の提案の空間像が伝わるような模型作りに励みました.今回の段階では建物や道路のボリューム模型に留めたものの,12月の訓練ではより詳細な部分までの作りこみを予定しています.

 こうした資料の作成のため,研究室としては週に一度ミーティングをし,各々の作業の進捗報告や目標設定を逐一話し合いながら地道に進めてきました.就職活動や研究との兼ね合い,日々の夜遅くまでの作業など多くの苦労を乗り越え,成果物を作り切りました.
当日は,約40名の対象地域内の住民の方にご参加いただきました.
 まずは,羽田地区の特性や訓練用被害想定についての説明があった上で,個人ワークでのアイスブレイクを行いました.各自が「羽田3,6丁目在住の72歳男性」になりきり,被害や生活の設定から,仮住まいや自宅再建をするか否かなど「住まいの復興」について考えました.短い時間のなかで考える難しさが,リアリティのあるワークでした.

 その後,お時間をいただき,テーマごとに別れて学生提案の説明と,住民の方とのディスカッションを行いました.
 現況模型やプレゼンボードを起点に,「今ある課題を解消して行くにあたって,譲れるところと譲れないところは何か」など,自由な意見交換がされていたのが印象的でした.また,「昔と今で,こんな変化があった」など,住民のみなさんだからこそ知っているエピソードを教えていただき,羽田地区への理解が高まりました.
 研究室メンバーで協力し,コツコツと準備を重ねて来たため,参加者のみなさまが興味を持って発表を聴いてくださったこと,たくさんのご意見をいただけたことが,とても嬉しかったです.

 最後に,居住地域の近い人同士で班分けをし,発災直後→避難生活→応急・復旧期→復興期の4つのフェーズに分けて,「地区の課題や,被災後にも残していきたい魅力」について話し合いました.木造密集地域ならではの地震時の火災や,避難時の道路閉塞,避難所生活に対する不安が多く挙げられた一方,地域コミュニティの強さや,かつて漁港として栄え地域を支えた多摩川が地域の魅力であることがわかりました.
 今回出された意見が「地域の現状把握」として,事前復興まちづくり計画作りにおけるベースとなっていきます.

<参加学生から>

  • 「住民は一貫してこのゆったりとした空気の流れる羽田の街が好きである.それはすごく感じたので,羽田の街が好きだからこそ,防災もしっかりやりたい!という想いに繋げられるといいなと感じた」
  • 「今後ハード整備が進んだとして,それで安心して終わりにするのではなく,その改善された街で住民がどう動いていくべきかというところまで深められるといいなと思った」
  • 「普段我々が調査で多くの災害公営住宅を視察し,またその設立経緯を学んできたことが今回個人的には結構活かされたなと感じた.災害公営がどんなものなのか,どんなデザインがあるのか,どれぐらい建つまで時間がかかるのかなど.普段の学びが行かせたのは嬉しい.」

 …などの声が上がり,学生提案やWSの進行補助を通じて,地域防災の現場から多くのことを学ばせていただきつつ,自分たちの学びを発揮できた貴重な機会となりました.
 今後は,今回のワークショップでいただいた意見等を参考に,再度現地調査を行い,学生提案のブラッシュアップを行っていきます.WSの補助についても,引き続き関わらせていただく予定です.
 次回は12月…論文の提出や中間発表を控えた時期ではありますが,研究室メンバーで協力しながら頑張っていきましょう!

胆振東部地震厚真町復興調査-卒業研究-

 こんにちは!学部四年の長尾です.
 皆さんは胆振東部地震をご存じでしょうか.2018年9月に発災し,マグニチュード6.7を記録した北海道胆振地域の大きな地震です.大規模な土砂崩れ,北海道全域でのブラックアウトなど,各地で甚大な被害がもたらされました.私自身も北海道出身なので,当時のことはよく覚えています.今回はその中でも震源地であった北海道厚真町を訪れ,現地調査を行ってきました.
非常に実のある調査となり,すべて紹介したいところですが,特に印象的だった体験をお伝えしていこうと思います!

<災害公営住宅“新町のぞみ団地”>
 災害公営住宅と聞くと,無機質なイメージを持つ方もいるかもしれません.厚真町新町にある“新町のぞみ団地”には,良い意味で期待を裏切られるかと思います.住民同士の交流を促すよう設計されたコミュニティロード,各家に設置された家庭菜園スペース,平屋の上に見える天窓…災害公営住宅でありながら,現在は移住者の方も住んでおり,住まいとして人を引き付ける力があるように感じました.
特に驚かされたのは,その家庭菜園スペースの豊富さです.厚真町は第1次産業が盛んで,なりわいとしても生活の一部としても農業が根付いています.災害公営住宅でも畑ができるよう配慮されており,住民の方にとって重要であることが伺えました.

<厚真町社会福祉協議会インタビュー>
 1日目の午後は,厚真町社会福祉協議会(以下社協)にインタビュー調査を行いました.今回,事務局長の山野下さんにお話を伺うことができ,主に胆振東部地震の生活再建の過程について教えていただきました.
まず,厚真町の復興において特徴的だったことは,災害VCが2年以上継続されたことです.被災者の方や全国のボランティアの窓口となり,住民の方からも名前を変えずに活動を続けてほしいと要望があったため,2020年12月31日まで継続されました.このおかげもあり,「何かあったら社協に」と,平時にも役立つ社協と住民の関係性が構築されたそうです.
また,震災をきっかけとし地域の力が育ったというお話も印象的でした.社協が被災前から行っていた地域サロン活動は,震災を機に一時中断されましたが,住民の交流の場として復活しました.今では,震災後に新しくできたサロンもあります.また,仮設住宅時に行っていた体操教室は,住民の方の自主運営で退居後も継続されました.新型コロナウイルスの影響をうけ,様々なことが分断された時期もありましたが,こうして地域の力,住民の力が育ち交流が途切れなかったことは,大きな成果だったと思います.

<震災体験プログラム>
 2日目の午前は,厚真町観光協会主催の震災体験プログラムに参加しました.今回は,被災地ガイドと講話をお願いしました.
被災地ガイドでは,特に被害の大きかった吉野地区や厚幌ダムを訪れました.土砂の被害があった吉野地区では,現在は植樹が行われていましたが,震災前のもとの姿とは大きく変わっていました.実際に現地に足を踏み入れ,5年の月日が流れてもここまでリアルに被災の様子が伝わってくるのかと,崩れた山肌を目にしながら感じました.
 講話では,厚真町の自然や特産品の紹介から,被害状況の説明等をしていただきました.観光協会としても,勉強会の実施や防災キャンプの試みなど,震災の伝承と今後の防災教育に向けて前向きに活動していることが分かりました.担当の原さんは,東北の語り部のもとへ勉強しに行き,いま厚真町で大きな覚悟をもって活動されています.原さんのような方がいる限り,震災の語りは次世代にまで受け継がれるのではないでしょうか.

<厚真町役場へのインタビュー&日高幌内川砂防事業見学>
 今回,厚真町役場復興推進担当参事の小山さんにお話を伺いました.厚真町役場の復旧~生活再建の対応や,移住・産業育成についてもお聞きしました.
 まず印象的だったのは,北部地域の課題感と遺構についてです.被災地ガイドでも訪れた吉野地区は,地権者が様々であるため,公園化等ができずどのように残していくかが課題になっています.また,日高幌内地区は河道閉塞により大きな被害があり,現在はダムの工事が行われています.これらを遺構として残し,防災の取り組みやエコパークにつなげようと構想が練られている最中です.
 また,移住促進や新たな産業育成など,厚真町にかかわる人が増えていることも印象的でした.取り組みとしては震災前からあるものの,震災を機に復興後の厚真を盛り上げようとしている若い世代が多くいます.
 その後,前述した日高幌内地区のダムの建設現場にお邪魔しました.ダムのさらに奥に行くと,河道閉塞(土砂が川をふさいで流れをせき止めること)の被害によってできた水たまりのような自然のダムが見えます.その一部は,土砂を用い埋め立てられていました.一見のどかで,自然豊かな湖のようにも見えますが,囲まれた山々はいまだ復旧作業が追い付かず震災の悲惨さが伺えます.

<まとめ>
 今回,市古先生と院生4名の協力もあり,非常に内容の濃い調査ができました.私の意図をくみ取りサポートしていただいた皆さんには本当に感謝しています.研究の一環ではありましたが,地元の理解も改めて深まり,北海道がさらに好きになりました.最終報告に向けこれからも精進していきます!

2023前期納会&B3歓迎会

 こんにちは!学部4年の島雄です.8月3日,研究室メンバーと新たに研究室に所属する
学部3年とで,前期納会&B3歓迎会を開催しました!
 今年も昨年同様,デジキューBBQテラスアリオ橋本店でBBQをしました.まずは,2班
に分かれて食べ物と飲み物を買い出しに行きました.食べ物はお肉だけでなく,焼きそば
,ソーセージ(学部3のチョイスにより香薫),マシュマロなど.飲み物はビールやほろ
よいなどをメインに,お茶や水を含め,各々が好きなものを買いました.
 乾杯により開宴!学部3年の研究室でのニックネームを決め,研究室メンバーから学部3
年だけでなく,学部3年から研究室メンバーへも,お互いの好きなことなど色々なことを
話して大盛り上がり!会が進むにつれ,先生と話す人,お酒を飲んでいるために普段の研
究室での会話とは一味違った話をする人,会話しながらひたすらご飯を食べる人など,マ
イペースだけど仲のよい研究室の色が出始め,学部3年もすでに現役メンバーであったか
のように溶け込んでいました.
 これからは,個人の研究はもちろんのこと,羽田や上柚木といった研究室全体で取り組
まなければならないことが山積みです.この会を通してリフレッシュできたと思うので,
夏休みや後期もさらに精進して行きたいと思います!