熊本・球磨川 復興と風景のナラティブ調査

 こんにちは!4月より修士2年となりました,大野・松澤です.
2023年2月に,研究室メンバー・OBOGで熊本調査に行って参りました.昨年度博士号を取得された研究室OBの平木さんが,熊本地震における避難所の研究をされていた一方,熊本を初めて訪れる学生がほとんどで,念願の熊本調査でもありました.また3日間で5名の方にヒアリングをさせていただくことになり,事前学習会を2日間にかけて行うなど,綿密な準備を行いました.平成28年熊本地震と,令和2年7月豪雨災害の被災地は,未だ復興途中にあります.その中で,多くの関係者の皆様にご協力いただいたことで,現地を訪れることができ,大変貴重で,大きな実りのある調査となりました.

1日目

西原村山西団地

 熊本に到着後,まず熊本地震で被害が大きかった西原村の災害公営住宅団地「山西団地」を訪れました.事前に図面を閲覧していましたが,特徴的な住戸デザインとみんなの家に,学生は興味津々でした.住民の方がお話されている光景も目にし,各住戸が街区にばらけて表と裏が交互になった配置だからこそ交流しやすい面がありそうだなと感じました.

熊本YWCA 丸目陽子さん

 次に,熊本地震と豪雨災害において避難所運営を担われていた,熊本YMCAの丸目陽子さんをたずね,「YMCAが災害支援を開始した経緯」「熊本地震と豪雨災害での避難所運営の実態」「民間が避難所運営を行う意義」についてお話いただきました.
 特に多くの学生が印象に残っていたのは,熊本地震のお話でした.当時,益城町総合運動場には多くの被災者が避難しており,住民や行政から「アリーナを避難所開放するように」との要請があったそうです.しかし,丸目さんは天板が落ちてくる可能性を予測し,アリーナを閉鎖.結果,本震でアリーナはほぼ全部の天板が落ちるほどの大きな被害を受け,結果として避難者の命を守られました.また,YMCAの強みを生かした子供や障がいをお持ちの方への配慮,食のコミュニケーション効果に関わるお話も大変興味深く,「施設運営者・避難所運営者が『災害に対する意識・知識』を養うこと」「『子供の教育・遊び』『食を通じた交流』の機会を確保すること」の重要性を学ばせていただきました.
 避難所環境について研究している学部生からは「丸目さんが避難所運営にあたって掲げていた『災害関連死を0にする』といった目標と,研究目的・背景との関連性を見いだせた」という声もあり,大きな収穫がありました.

HASSENBA HITOYOSHI KUMAGAWA

 「HASSENBA HITOYOSHI KUMAGAWA」は,100年以上の歴史を誇る観光のシンボル「球磨川くだり」の人吉発船場がリノベーションされ,ツアーデスク・カフェ・地元産品を取り扱ったお店などが一緒になった観光拠点施設です.熊本→人吉の長い移動の休憩として,パンケーキを頬張りつつ,球磨川沿いを散歩するご老人や下校中の学生など住民ののどかな生活風景の一端をみることができました.
 学年・性別にかかわらず仲が良いところが市古研の特徴です

本田節さん・防災食体験

 本田節さんは,地域の主婦による地産地消の農村レストランや,グリーンツーリズムを通じて,食育活動・農村ビジネス・コミュニティビジネス・女性の活躍推進を展開されている方です.令和2年7月豪雨災害では,ご自身も被災者でありながら,これまでの活動を活かして「在宅避難の方に向けたキッチンカーによる炊き出し」「支援物資の配布」「災害ボランティアへの宿泊場所や情報の提供」などを行われました.
 当日は,本田さんの活動内容を踏まえたディスカッションの後,防災食体験を行いました.防災食と聞くと,レトルトやα化米など備えておくことを想像される方が多いと思います.しかし,ここでの防災食づくりとは「いつか来る災害に備えて,普段の生活の中でどのように工夫できるのか」ということ. カセットボンベで使用できるホットプレートやコンロを用いて調理したり,味噌玉作りなど普段の作り置きとしても活用できるものなど…「普段の生活行動に『被災時にも行かせる要素』を無理なく取り入れること」や,今回のwsでやったことを,実際に家でもやってみるなど「たまにで良いから『防災』のための行動を起こすこと」が重要であると感じました.何より,本田さんのキャラクターが魅力的で,地域リーダーには「地域のため・人のために行動するという思い」「やりたいことへの実行力」「他人を引っ張り,場を盛り上げるコミュニケーション能力」の3点が特に重要になってくると思いました.また,丸目さんのお話の中で「食を通じた交流が一番効果的だった」とありましたが,それを体感できた大変貴重な機会にもなりました.
 本記事をご覧の方には,パワフルでハートフルな「せっちゃん」のもとをぜひ訪れていただきたいです!「みんなで食卓を囲むことの大切さと楽しさ」を実感できると思います.

2日目

渡小学校・千寿園跡

 坂本村に向かう途中で,令和2年7月豪雨災害で被災した渡小学校と千寿園跡地を訪問しました.千寿園は,球磨村で唯一の特別養護老人ホームでしたが,入所者の垂直避難が完了せず,14名が犠牲になりました.現在は建物が取り壊されていますが,隣接する渡小学校は被災後の状態が残されており,被害の大きさを目の当たりにしました.
 近年は少子高齢化の進行だけでなく,災害の激甚化も懸念されており,特養をはじめとした福祉施設・高齢者施設での災害対策は急務となっています.千寿園でも,住民の協力もあり56名の入所者は無事だったとのことで,早期避難が重要であるのはもちろんのこと,平時からの周辺住民との協力体制・避難を軽減できる技術の活用や建物配置など,ハードとソフトの両面での対策が必要になってくると感じました.

坂本町の道野真人さん・溝口隼平さん

 道野真人さんは,東京出身ですが,結婚を機に両親のルーツである坂本に移住されました.現在は「道の駅坂本」の駅長を務めると共に,ご自宅をDIYし,地域の人が利用できるコミュニティスペースとしての活用を図られています.道野さんからは,まず道の駅坂本にて,令和2年7月豪雨災害の被災状況と,球磨川流域全体の災害リスク・これからのあるべき姿についてお話を伺い,その後国内初のダム撤去事業が行われた荒瀬ダム跡地・坂本駅をはじめとした旧坂本村を散策しました.
 道の駅は,移設予定にあり現在の建物は解体される方向とのことでしたが,水害後の様子がそのまま残されていて,被害の大きさを目の当たりにしました.その中で,同じ流域でも令和2年7月豪雨災害の被害状況を把握していないエリアの方もいるということで「行政単位ではなく,流域単位での対応が必要」というお話は印象的でした.また「どの段階まで,何を戻すのかを考える必要がある」とも仰っており,一度災害による被害があった中で「将来のために多少の改善を加えていく」のか「過去に倣う」のか…街の将来を考えていくにあたり,なにを大事にして,だれが主導して進めていくのかが重要であることを改めて実感しました.
 続いて,溝口さんのご自宅にお邪魔しました.溝口隼平さんは,ダム撤去の研究をきっかけに,国内初のダム撤去事業が行われた八代市に移住し,球磨川におけるラフティング事業を中心に地域振興に携わっていらっしゃいます.溝口さんからは,令和2年7月豪雨災害被災時のリアルなお話・移住者として地域に入っていくことののやりがい・ダム撤去後の街の在り方についてお話をいただきました.特に,水害とダムの関係性ーダムによって水害リスクが高まるという点については,多くの学生が印象に残っていたようでした.
 お二人にお話を伺う中で,ルーツの有無はあれど,若い移住者が中心となって地域を思い活動しているのは,確実に地域の財産だと感じました.一方で,ずっと坂本に住み続けている人・移住者・ボランティア・役所・年代・性別など…属性・立場ごとに復興・まちへの考え方があり,各々の思いをどのように融合させてまちづくりに反映すれば良いのか,簡単には解決できない問題であり大変悩ましく思いました.今回はスケジュール上難しかったのですが,溝口さんのところでラフティング体験をして,ダム撤去後の地域の姿を川から体験してみたいです.

境目団地

 宇土市営境目団地災害公営住宅は,くまもとアートポリスプロジェクトとして取り組まれた災害公営住宅の完成第1号です.当該団地は,既存の市営住宅と隣接していることが最大の特徴で,住棟の向きを合わせたり,色彩計画における連続性が配慮されています.また,住戸内に入らなくてもコミュニケーションが取れる「アルコーブ」や,縁側を設けた集会所などが設置されており,多世帯が周囲とつながりを持てる工夫がなされていました.一方,ほかの公営住宅と比較して子供達が遊んでいる様子が印象的でもありました.既存の住民と公営住宅の住民がどのようにコミュニケーションをとって生活しているのかなど,市営住宅と隣接していることによって発生するメリットとデメリットについて検証の余地があると感じました.

火の国会議

 任意のメンバーで,「火の国会議」に参加させていただきました.火の国会議とは,くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)が主催する,平成28年熊本地震や令和2年7月豪雨災害に関する支援団体・地域団体等の情報共有会議です.企業と連携した企画や,他の地域からの類似団体の視察もあるなど,熊本県内に限らない情報共有・人脈作りの場として大事な場になっていると感じ,貴重な機会となりました.

3日目

熊本城訪問

 任意のメンバーで,早起きして熊本城を訪問しました(執筆者は寝坊).リニューアルされた部分もあり,内外で綺麗な姿が見られました.一方で石垣の一部が崩れているなど,未だに熊本地震の影響が色濃く残る部分も.文化・観光資源として,そして遺構としても,貴重な存在になっていました.水曜日の朝10:00頃でしたが,観光客の姿も.偉大な存在でした.

益城町中心部

 熊本地震の際,建物倒壊をはじめ被害の大きかった益城地区を訪れ,実際に復興過程にある街並みの視察や,震災時に避難所としての利用が検討された総合体育館の視察をしました.益城町は震災以前から熊本市のベッドタウンとして機能しており,住民も多く人口も増加傾向です.この傾向は震災後も続いています.熊本地震では多くの建物が半壊・全壊となり,建て替えとなりました.それと同時に,住むエリアとして需要が高いこともあり,建物更新や道路の拡幅,公園の整備などが進められており,新たな魅力ある街並みが創られていました.地方都市の震災復興の姿として,道路整備や住宅再建における一つのモデルケースになりうるのではないかと感じました.
 益城町の街並み.道路整備で綺麗で広い道路が実現し,住宅も各戸広い区画の中で建て替わっています.

西原村大切畑,古閑集落

 益城町の次は,西原村の大切畑地区・古閑地区を訪問しました.熊本中心街から車で40~50分,益城の住宅街とは異なり,農村風景が広がる地域です.ただ熊本地震によって建物被害が大きかったことに変わりはなく,建て替わったであろう住宅が多く見られました.また住宅と共に集会場(みんなの家)も新しく建てられており,使用感がありながら綺麗な状態に保たれていました.震災後はこのみんなの家に住民が寄り合ってまちづくりを進めていたという事もあり,大切に大事に使われている印象でした.そして西原村大切畑地区において何より印象深かったのは,空き家空き地がやや目立ったことと,コンクリートの擁壁が農村風景の中で際立っていた点です.これらの点については,市古先生はじめ研究室メンバーとしても大きな問題意識を感じ,この後の佐々木さんとの意見交換においても議論されました.農村の景観に,防災対策として白い擁壁が大きく入ってきていることについて,住民はどのように考えているのだろうかと深く考えさせられます.
 農村風景の中に,新興住宅街のような光景.震災前は人口も微増傾向でした.古くからの住民は,この風景をどう捉えているのでしょうか.

益城町 復興まちづくりセンターにじいろ訪問・佐々木さん

 熊本調査の〆は,益城町に戻り復興まちづくりセンターにじいろ訪問・佐々木康彦さんとの意見交換です.「~にじいろ」は,2016年熊本地震の被害状況やその後の復興の様子を伝承する貴重な施設となっていました.佐々木さんは都市計画コンサルタントとして2005年中越地震における農村の復興に携わっており,熊本地震においても「官民連携の復興」をテーマに,大切畑地区など6地区の集落復興に携わりました.現在はNPO法人「故郷復興熊本研究所」の理事長を務めています.佐々木さんとの意見交換では,集落の復興において住民一人一人の想いがある中での再生の難しさ,事業制度との兼ね合いなど,プレイヤーとしての苦悩をひしひしと感じました.また大切畑地区ではみんなの家での住民会合の回数は60回を超えたとか.これは佐々木さんの活動力,集落復興への想いやノウハウがあってこそであると感じました.中越においても熊本においても「集落の住民の戻りは7割」というお話もあり,その中で景観を含めてどのような集落復興が成されるべきなのか,考えさせられた一日でした.

【まとめ】

 改めて3日間の熊本調査を振り返ると,とにかく密度の濃い3日間であったなと感じました.初日の朝から3日目の羽田帰還まで本当に休む暇なく,3日目の昼食なんかは移動中の車内でコンビニのおにぎりをむさぼっていました.しかしその分,過去にないほど学びの多い調査となりました.水資源との向き合い方,避難所設営・運営,食,生活再建,集落復興など,本当に様々な角度から改めて「災害復興」を学ぶ機会となりました.またヒアリングさせていただいた方たちは,皆さんまちや地域に対して強い想いを持って驚くほどエネルギッシュに活動されており,尊敬と憧れを抱きました.総じて,フィールドワークを大切にしている市古研究室らしい調査だったなと感じています.また,卒業となったB4生・M2生にとっては研究室としては実質最後の活動となりました.ご卒業・ご進学おめでとうございました!

【研究室メンバーからのコメント】

  • 溝口さんのお話はかなりのボリューム感で,治水のためのダムが結果的に水害を引き起こしていることはとても驚きました.固定概念ではなく,個々の事例や状況を見ないと問題の本質は見えてこないのではないかと感じました(新M2,K.I)
  • 行政と住民側での方向性の違いについては現地のリアルな課題をお話いただいたな,と感じ,かなり印象に残っています.住民主体で思いを実際にまちづくりに反映するにはどうすれば良いのか,簡単には解決できない問題であり大変悩ましく思いました.「行政単位ではなく,流域単位での対応が必要」というお話については,個人的に目から鱗であり,自分の視野の狭さも実感しました.「景観・地域らしさと安全性の両立」は,私の修論や,東日本大震災の津波被災地とも通ずる点があり,復興まちづくりや防災まちづくりにおける大きな課題であると感じました.官民学で連携を図りながら,今後あの風景を前向きな歴史として捉えられる施策や活動が展開していけたら良いと思いました.(新M2,C.M)
  • 防災食の印象を覆され,火さえあればできるレシピは教わったもの以外にもまだまだありそうだなと思ったので,自分でも色々挑戦してしてみたい.せっちゃんの人を巻き込むパワー,圧巻(前B4 M.T)
  • 調査を通して,熊本のパワフルさに触れた気がします.お話を聞いた方々は,地域をよりよくしようと思って動いている方ばかりで,熱い思いを感じました.復興の過程というよりか,災害前の状態以上により良いものを目指しているなと思いました.なんというか,「成長」見たいな感じ(新B4,H.W)
  • 今回の熊本調査では,民間による避難所の運営や防災食など,これまで災害対応について一度も考えたことのない新しい観点から眺めることができる良い勉強の機会となった.もちろん私は100%賛成する立場ではないが,正誤とは別に災難対応という観点では十分に考えてみる必要があると考えられる(研究生,S.R)
 最後まで読んでくださった方,ありがとうございました☆
 そして幹事,何から何まで本当にありがとうです!お疲れさまでした!!

熊本・球磨川 復興と風景のナラティブ調査」への1件のフィードバック

  1. 教員T.I.

    最後まで,一気に読ませていただきました!
    準備としての事前学習も踏まえ,みなさんの深い「学び」になっていたと同時に,坂本町のように,訪問先のみなさんのパッションにも,さらに火を灯した様子,伝わってきました.
    個人的にも,素の意味で熊本・人吉の良さ,満喫させていただきました.

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