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能登半島地震21ヶ月(1年9ヶ月) 研究室 復興訪問調査 

 市古研究室学部3年の伊佐です.今回は2025年3月に引き続き,9月に行った能登半島地震復興調査ついて報告します.
 調査1日目の9月15日は,輪島市金蔵地区を訪れました.金蔵地区では,フィールドワークとして,20241月1日に発生した能登半島地震による建物の被害・復興状況,耕作地の利用状況調査を行いました.また,NPO法人金蔵学校の石崎さんに金蔵再生のための活動や今後の復興ついてインタビュー調査を行いました.
 実際に訪れて感じたのは,静かな山あいにありながらも人と自然,暮らしがしっかり息づいている集落だということです.果樹園づくり,地元産の味噌・野草茶など,地域資源を活かした新たな取組が進められており,挑戦と創造の集落であると感じました.また,お昼にジビエカレーをいただいたのですが,お肉が柔らかくてとてもおいしかったと同時に,金蔵で捕ったイノシシ肉を使用しているため害獣駆除や地産食材を活かす生活文化の深さを実感しました.
 金蔵集落の調査で最も印象的だったことは,石崎さんの「平時から地域の人同士でお互いに思いやりや感謝の気持ちを大切にすること」という言葉です.金蔵では「総がかり」と呼ばれる助け合いの精神があり,震災時にも買い出しや支援物資の提供を交代で行うなど,思いやりを基盤にした支援が自然に行われていたと伺いました.ルールや義務ではなく,人と人との信頼に基づく助け合いが地域の力となっている点が印象的でした.また,「帰る場所,心の拠り所としてのふるさとを残したい」という言葉からは,変化の激しい現代においても“変わらない価値”を大切にしようとする強い意思が感じられました.石崎さんは,地域の課題や取り組みの成果を冷静に見つめながらも,諦めずに挑戦を続けており,その姿勢に深い尊敬の念を抱きました.


 はじめまして,市古研究室学部3年の佐藤綾です!
 調査2日目の9月16日は,2班に分かれて甲地区の資源マップを作成するため,フィールドワークを行いました.その後,能登半島地震の際に避難所として利用された旧兜小学校の見学をした後,かねてからB4の居山さんと親交があった東井栗園さんで栗拾いの体験をさせていただきました.
 甲地区でのフィールドワークを通じて,私たちは「残したい」「伝えたい」と思える風景や営みに数多く出会いました.それは,黒瓦の家並みや海と山の近さ,静けさに包まれた暮らし,そして人の温かさなど様々です.参加者それぞれが見つけた「甲らしさ」は少しずつ異なりながらも,共通していたのは「甲の魅力を,未来へどうつなぐか」という問いであると感じました.
多くの参加者が注目したのは,甲の「風景」と「人の営み」が織りなす独自の価値です.海と山が視界に同居する地形や,海のそばに広がる家庭菜園と畑.自然と暮らしが地続きであることが,甲の大きな魅力として語られました.黒瓦と木材で統一された家並みは,バラバラに建つ家々の中に不思議な調和を生み出し,地域の歴史や文化を象徴する景観資源となっています.
 震災後に整備された「ボラ待ち館」や旧甲駅など,復興の記憶と未来の拠点としての可能性を秘めた場所も,継承すべき大切な資源です.また,静けさや水の音,虫の声といった「音の風景」や,住民の温かさ,外からの人を受け入れる寛容さも,目に見えない資源として印象に残りました.
 一方でらこれらを守り続けるには,人口減少や高齢化による担い手不足や外部との関わりのバランスなど,課題もあることが改めてわかりました.

 参加者が考えた兜の魅力を伝えるキャッチコピーには,甲の魅力がぎゅっと詰まっていました.

    • 「海と山,ひとつの場所で2つの絶景」
    • 「バラバラなのに,ひとつになるまち甲」
    • 「賑わいすぎない心地よさ」
    • 「いつかあなたも帰りたくなる場所,かぶと」
    • 「海と山と人と,ぜんぶがちかくて,いいところ.」
    • 「畑から,庭から,自然から,植彩のまち甲」
    • 「能登の原風景まるっと,穴水・甲」
    • 「重ねた時代が響き合う,甲のまち並み」
    • 「自然と人が織りなす,心地よい風景」
    • 「思い,思われ,思いやり」
    • 「自然と人とが共存共栄するまち」
    • 「海と共存した生活風景」

どの言葉にも,甲で感じた風景や人の姿,そしてそこに流れる時間への敬意が込められていました.甲地区の魅力を肌で感じたり,避難所運営後そのまま残る旧兜小学校を見学したり,栗拾いをして甲のすてきなお土産をゲットしたりと,盛りだくさんな2日目となりました!

 市古研究室学部3年の横山茉衣です.
 調査3日目の9月17日は,七尾市内の各地域で班ごとに現地調査を行いました.金蔵地区では住民協議会の方々へのヒアリング,自由調査班は和倉温泉周辺の被害状況の確認を行うなど,地域ごとの状況を多角的に捉える活動となりました.私はその中で,七尾市の矢田郷地区コミュニティセンターを訪問しました. 
 矢田郷地区コミュニティセンターでは,事務局長の関軒さんから,地震発生直後から現在までの避難所運営について伺いました.センターは発災当日から避難所として開設され,地域の人々の避難先であると同時に,物資支援の中継拠点としても機能していたそうです.事務局長をはじめ職員の方々は,「当初は避難場所と避難所の違いも知らないほど,防災の知識がなかった」と話してくださいました.それでも,事務局長ご自身を含め皆さんが被災者として混乱のさなかにありながらも,コミュニティセンターに避難してきた人々を守るために,「人々のために必要だと思ったことはすぐに行う」という気概でさまざまな対応をされていたと伺いました.その姿勢に,想定外の状況にも臨機応変に対応する行動力と地域への強い思いを感じ,深く印象に残りました.特に心に残ったのは,「STAFF」ではなく「困り事・ご相談」と書かれたビブスを着用していたというお話です.職員を “運営側”として線を引くのではなく,同じ立場で支え合う姿勢が感じられました.また,複数の部屋を活用して家族ごとに避難できるよう調整したり,子どもが安心して過ごせるスペースを確保したりと,福祉避難所に近い形で運営が行われていたことも印象的でした.避難所内には花やメッセージボード,テレビでのお笑い番組なども取り入れられ,心の疲れを和らげる工夫も多く見られ,こうした細やかな配慮の積み重ねに,現場の温かさと経験に基づく知恵を感じました.また,こうした取り組みの背景には,地震以前から続く地域内のつながりと信頼関係があったことも大きかったといいます.
 こうしたお話を伺う中で,災害時の対応力は特別な仕組みだけで生まれるものではなく,普段からの顔の見える関係づくりや,地域に対する思いの積み重ねの上に成り立っていることを感じました.矢田郷での経験を通して,地域の力とは何かを改めて考えるきっかけになりました.
 今回の能登半島地震復興調査を通して,地域の方々がそれぞれの立場で復興に向き合う姿や,日々の暮らしの中に息づく支え合いの力を目の当たりにしました.現地では被災の爪痕がいまだ残る一方で,その中でも前を向いて歩もうとする人々の思いが確かに息づいており,地域に根ざした復興のあり方について深く考えさせられました.現場で見た光景や伺ったお話の一つひとつから,地域の方々が互いに支え合いながら日常を取り戻そうとする強さを改めて感じました.また,調査を通して先輩方の行動力や周囲への気配りにも大きな刺激を受けました.インタビューの準備や進行だけでなく,後輩の動きにも常に目を配りながら活動を進める姿を見て,自分達も今後はより広い視野を持って行動したいと感じました.B3として研究室に加わったばかりですが,今回の能登調査を通じて多くの学びや気づきを得ることができました.今後は,先輩方の姿を手本に,主体的に考え行動しながら,研究室での学びをさらに深めていきたいと思います.

「祖霊のともしび」の運営支援ボランティアに参加して

 こんにちは.市古研究室学部4年の宇都木葵です.2025年8月14日から16日にかけて,CS-Tokyo能登半島地震ボランティアプログラムに参加し,輪島市町野町の金蔵集落で8月15日に催された「祖霊のともしび」の運営支援を行いました.今回はその報告記事を書かせていただきます.

 祖霊のともしびとは,能登半島地震の復興を願って,正願寺に 4,000本のろうそくを灯す行事です.金蔵集落は私の卒業研究の調査対象地でもあり,これまでに二度訪問したことがありましたが,ボランティアとして訪問するのは今回が初めてでした.調査対象地として集落への理解を深めるだけでなく,私自身が集落に対して何か貢献したいという思いで,今回のプログラムへの参加を決めました.

 1日目には「祖霊のともしび」の主催者である I さんからお話を伺いました.I さんは NPO 法人金蔵学校の理事長を務めておられ,多様な地域活動を手がけてこられました.金蔵学校は,最初は有志3名による「考えてみよう会」から始まり,過疎化の現実に向き合う試みでした.I さんはこの段階を「第1ステージ」とし,ただ考えるだけでは変化は生まれないとして,NPO 法人金蔵学校を設立し,食談義,パソコン教室,万燈会,特産品開発などの活動を進めてきた時期を「第2ステージ」と呼んでいます.そして今が「第3ステージ」であり,この「第3ステージ」こそが金蔵の「再生」を実現する段階であると I さんは語ります.I さんは,真の復興とはインフラや住宅を復旧することではなく,そこにある“営み”を取り戻すことだと強く強調されていました.現在 I さんは,廃寺の建物を利活用する計画を進めており,その構想には三つの柱が含まれています.第一に,来訪者が宿泊できるゲストハウスの設置.第二に,金蔵学校の活動拠点の設置.そこでは,能登再生戦略会議の設立や,果樹園づくりによる将来的な農業体験の事業化を目指す「金蔵楽園構想」などを具体化していくことが考えられています.そして第三に,地方での生活を誘致するシェアハウスとしての構想が含まれています.こうした取り組みを通じて,震災を経てもなお,地域の資源を生かしながら,集落の本質的な再生をめざす姿勢には深く感銘を受けました.

 2日目は催事準備を中心に動きました.午前中は,ろうそくをワンカップ瓶に入れ正願寺の境内に並べ,各地から寄せられた復興への願いを書いたメッセージ用紙を瓶の上にかぶせる作業を行いました.その後,開催時刻までの時間を使い,珠洲市方面を視察しました.目にしたのは激しい土砂崩れの跡,地上に設置された水道管,倒壊した家屋の瓦礫など,被災当時から手つかずのまま残る被害の爪痕でした.道中には「みんなのスーパー 長橋食堂」に立ち寄りました.長橋食堂は,ボランティアで能登に来ている女性が営む小さなお店で,1階には日用品が並び,奥には交流スペースとしてテーブルが設けられています.私たちはかき氷をいただき,立ち寄ったおばあさんが持ってこられたキュウリの漬物もお裾分けしていただきました.お店は海沿いの道に建っていますが,震災で隆起した影響で海岸線が離れて風景が大きく変わったと伺いました.また,株式会社珠洲製塩を訪れ,海辺での製塩作業や製塩所の様子を見ることもできました.

 夕方に金蔵に戻り,ろうそくの着火作業を行いました.その後,夕食にIさん特製のイノシシカレーをいただきました.前日から具材を煮込み,スパイスをふんだんに使用した本格的なカレーでとてもおいしかったです.夕食を食べ終え,日が暮れ始めると,続々と正願寺に人が集まり始めました.正願寺のお堂では,トランペットやフルート,歌のコンサートが開催されました.お盆の時期ということもあり,集落住民だけでなくその子や孫なども来場しており,コンサートでは子どもから大人までなじみのある曲が多数演奏され,特に「花は咲く」の演奏には深く心を動かされ思わず涙を流してしまいました.境内に準備したろうそくも日が暮れると一つ一つがキラキラと輝き,とても美しかったです.そして無事に,催事当日を終えることができました.

 3日目の早朝には,穴水の民選委員であるM さんのご自宅を訪問しました.M さんは,復興カフェを通じてボランティアとの関係を築いておられ,地域住民の状況を日頃から把握し,訪問記録や会話記録を残し,必要なときには役所やボランティアにつなぐ役割を担っておられます.2日目の夜にも宿泊拠点に顔を出され,お手製のおかきを差し入れてくださったり,3日目にお宅を訪問した際にも家庭菜園で育てたしそやじゃがいもを私たち全員に分けてくださったりしました.Mさん自身もご高齢でありながらアクティブで,とても温かく,かつしっかりと地域の安全・安心を見守られている方で,地域にとって欠かせない存在だと感じました.その後,正願寺に戻り,ろうそくを回収し,瓶を片付ける作業を行いました.瓶に入っていたろうそくを取り除き,コンテナに詰める作業をもって午前中にはすべての作業を終え,ボランティアとしての行程を終了しました.

 この3日間を通して,能登の方々の温かさにふれ,能登に対して調査対象地としてではなく,支える主体として受け入れていただけた実感を得ることができました.調査としての義務感や,相手に「協力していただいている」という気持ちとは別の立場で訪問することで,より深く感謝される感覚や,人の温もりを感じる機会となりました.この経験を経て,能登や金蔵との距離がより近くなったように感じ,以前にも増して金蔵を大切に思えるようになりました.

穴水町甲集落復興調査

 市古研究室学部4年の居山です.
 立秋を過ぎ,お盆休みも終わりましたが,まだまだ暑い日がつづきますね…. 残暑厳しい中,皆様はいかがお過ごしでしょうか.
 私は資格勉強と旅行計画に追われる毎日を過ごしています.
 さて今回は,今年7月20日から21日にかけて実施した,穴水町甲地区での卒業研究調査についてお伝えしたいと思います!
 市古研究室では,昨年1月の能登半島地震以降,昨年9月,今年3月の計2回の復興ナラティブ調査を実施してきました.
 昨年9月の調査は,私がこの研究室に配属されてから間もない時期で,慌ただしくも充実した3日間を過ごしたことを今でも鮮明に覚えています(笑)
 そして,この調査での経験をきっかけに,卒業研究では「能登復興」を考えたいと強く思うようになりました.
 特に印象に残ったのが,私が研究対象地として設定している,穴水町の「甲」という集落です.能登半島の東側に位置する沿岸集落で,東は富山湾,三方は山に囲まれた,日本の原風景を留める自然豊かな場所です.
 調査にて複数の被災地を巡るなかで,甲は,特に「復興によって明るい兆しが見えるのではないか」と感じました.
 お話を聞かせていただいた方から「甲を絶対になくさない」という思いを聞いて,この集落の復興の様子を追いたい,何か自分にできることはないか,と考えるようになりました.そして,私は「復興するコミュニティにおける居住環境の現状と課題-2024年能登半島地震,石川県鳳珠郡穴水町甲地区を対象として-」というテーマで卒業研究を進めることとしました.
 「居住環境」という言葉の定義は一概には難しいのですが,被災地において特に重要な論点は,①安全性,②利便性の2点だと考えています.私の研究においては,前者については人的交流や地域コミュニティを,後者については買い物や交通について焦点を当てています.甲で暮らす方々を取り巻く「居住環境」の現状を明らかにすることで,この集落の集落の持続可能性を考える一助になればなと.さらに,甲には,「穴水町甲復興団」という復興のキーパーソンが存在します.地元出身の若手メンバー数名によって立ち上げられたこの団体は,毎月1回,集落内の公民館で「甲復興カフェ」を開催しています.誰でも気軽に参加できるこのカフェでは,地域内外の人々が集い,お茶やお菓子を囲みながらざっくばらんに話をすることができる場となっています.3月の調査ではこれを対象に参与観察調査を実施しています.
 
 また,甲復興団の新たな取り組みとして,廃線となった旧のと鉄道能登線の甲駅を活用して賑わい拠点をつくろうという動きがあります.ですが,復興団について書こうと思うととても長くなってしまうので,気になる方は復興団の公式Instagramを是非覗いてみてください!(@anamizu_kabuto_fukkodan)
 そして今回,復興団が主催する「甲駅ランチマーケット」の参与観察調査と,居住環境に関する住民インタビュー調査を行うため,単独調査を実施しました.(同行してくださった市古先生,本当にありがとうございました!)
 7/20,午前の便で羽田空港から能登里山空港に向かい,正午前には甲に到着しました.北陸とはいえ東京と変わらないほど暑く,車から降りて直ぐに汗が噴き出てきました….甲駅前の広場に向かうと,既にランチマーケットが始まっていました.キッチンカーのほか,テントブースでは,餃子やビール,更には復興団のメンバーがつくった野菜やお菓子などが売られています.さらに,穴水町の中心部にあるお蕎麦屋さんの店主による「そば打ち体験」も開催され,会場は賑わいをみせていました.しかし,3月に調査した復興カフェと比べると,他の地域からの参加者はあまりみられませんでした. ただ,当時は構想段階だった「甲駅での賑わいづくり」が,このように実際に形になっているのを目の当たりにしたことで,甲の復興の歩みを確かに感じました.復興団のメンバーをはじめ,甲の方々は,私達のようないわゆる「よそ者」に対しても温かく接してくださいます.ランチマーケットでうろうろしている私達にも気さくに声をかけてくださり,なんと甲の海で採れたサザエの浜焼きを食べさせていただきました!(人生初のサザエでした)
 その日の夜には,復興団メンバーのご家族のお宅にお招きいただき,家庭菜園で採れた食材を使った手料理までご馳走になりました….まるで親戚の家に帰省したような感覚で,一瞬,調査だということを忘れてしまいそうでした(笑)
 
 さて,2日目は,居住環境に関する住民インタビューを行いました.冒頭にてお伝えしたとおり,私の研究では地域コミュニティや買い物,交通に焦点を当てていますが,今回の調査では特に「買い物」事情に関してお話を伺いました.調査に協力してくださった女性お二人は,とてもパワフルな方々で,こちらの質問にも丁寧にお答えくださいました.普段の買い物場所やそこまでの移動手段,さらには住宅の再建に関する問題や復興に向けた不安など,住民目線で見る居住環境の現状について,細かく教えていただくことができました.
 お話のなかで特に心に残ったのは,かつて甲にあった5つの個人商店についてのエピソードです.インタビュー対象のお二方とも,実際にその商店を経営されていた方でした.しかし,今回の地震の影響によって廃業を余儀なくされたとのことです.前日,自宅に呼んでいただいた方に,その商店について伺ったところ,『毎週決まった曜日は仕事を早く切り上げ,そのお店に寄って,お酒を1杯呑んでから家に帰る.行くとつまみも出してくれる.』と教えて頂きました.これらの商店は,単なる買い物場所としてだけではなく,地域住民の憩いの場としても重要な役割を果たしていました.
 しかし,この甲の風景は,地震によって失われました.
 一度失われたものを元に戻すことは非常に困難です.それでも,甲の方々は「もう一度その風景を取り戻したい」と思っているのではないでしょうか. 
 そして,復興団はその思いを受け止め,復興に取り組んでいるように感じます.
 
 こうした甲の方々に対して,私ができることは,居住環境の現状を記録し,分析・考察を通して地域の方々に還元することだと思っています.
 卒業研究の最終地点であるポスターセッションまであと半年ほどですが,研究,旅行,研究,資格,研究…, それぞれを全力で取り組み,やり切りたいと思います.


 いまを大切に,頑張ります.

能登半島地震15ヶ月 集落復興訪問調査 

 こんにちは!市古研究室修士1年の和多田と学部4年の小野です.ブログは今回が初めての執筆につき,拙い文章で恐縮ですが,最後までお付き合いいただけますと幸いです.
今回は,2025年3月に行った能登半島地震調査について報告したいと思います.

 2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島地震は,石川県を中心に甚大な被害をもたらしました.当研究室では,昨年の9月に引き続き,この地震による被害状況の調査と,防災・減災に向けた研究のため,現地調査を実施しました.
 
 ここからは和多田がお送りします.
 1日目は,石川県鳳珠郡穴水町にある甲集落を訪れました.甲集落では,区長に震災発生時の集落の状況や避難所での避難生活などについて,お話を伺いました.区長のお話から,行政の支援が難しい中,避難所では住民主体の自主的な避難所運営が行われていたことがわかりました.区長によると,避難者同士が協力し合い,自主的に役割分担をしながら生活環境の維持に努めていたといいます.このような行政に頼らない避難所の自主運営が可能であったのは,住民の強い結束力と主体性によるものだと感じました.
 また,街歩きでは,昨年訪問したときよりも公費解体が進んでおり,荒廃していた土地も手入れされていることが見て取れました.集落内の土地を綺麗に整えることは,集落の復興のために必要なことだとは思いますが,一方で,かつての風景や住民の暮らしの痕跡が失われつつあることに,少なからず寂しさを感じました.整備が進むことは復興の証ではありますが,同時に,地域の歴史や記憶が薄れていく側面もあるのではないかと考えさせられました.
 蛇足ですが,立山連峰が海の上に浮かんで見える眺望や海からの潮風の匂い,瓦葺きの屋根が並んでいる街の眺めは,個人的な甲集落のお気に入りポイントです.

 2日目は,珠洲方面に向かう組と輪島市にある金蔵集落に向かう組と二手に分かれて,それぞれ調査を行いました.金蔵集落には世界農業遺産にも登録された里山の風景が広がっており,美しい棚田の景観が守られています.区長へのインタビューから,金蔵地区への想いや金蔵を守りたいと考える原動力について深く理解することができました.特に,「不安」が原動力であるという点には共感しました.一般的に,不安という感情はネガティブなものと捉えられがちですが,一方で私たちを行動へと駆り立てる重要な力にもなり得ると考えます.そのため,不安を感じたときこそ,自分を成長させるチャンスと捉え,前向きに行動していきたいと感じました.
 また,かつては,稲作を5~7家族で共同管理していたことから「共同体」という考え方が生まれました.しかし,機械化の進展により,1人でも稲作が可能になり,その結果,過疎化が進み,さらには共同体の崩壊につながったという指摘が印象的でした.共同体の在り方は,復興や防災の面でも重要な意味を持つと感じました.

 ここからは小野がお送りします.
 3日目は,矢田郷でインタビューを行うグループと,和倉温泉街の散策調査及び合資会社の方へインタビューを行うグループの2手に分かれました.私は自身の卒業研究に関するインタビュー調査で金沢へ向かうため,後者の散策調査のみ参加しました.

 前回の9月訪問時と比較して,道路の修復状況を見るに,またご在住の方からのお話もあり,復旧・復興は本当に少しずつではありますが進んでいるように感じました.また今回,実際に和倉温泉で宿泊し,周辺の小売店や飲食店を利用し,観光バスを見かけたことからも,観光業の回復の兆しを身をもって感じました.加えて,宿泊先の従業員さんのお話からボランティアで訪れる方の多さを知り,またクラウドファンディングを用いた飲食店があるなど,地域外の方々を引き込んでいることが印象的でした.これは和倉温泉に限らず,能登半島の今後の復興の重要な観点だと考えます.

 蛇足ですが,いつもストイックになりがちな調査だからこそ,研究室メンバー一同,宿泊先の温泉には大変に癒されている模様でした.もう温泉は必須項目にしませんか…(涙)

 4日目の午前中は,石川県立図書館に行きました.
 入ってみてまず目を引いたのは,その特徴的な構造です.巨大な吹き抜けとなっており,円形に配置された本棚が織りなす光景は劇場のようです.そしていたるところに様々な形状の椅子がちりばめられており,自分のお気に入りを見つけて,じっくりと本に向き合うことができる空間がありました.それはこどもエリアでも際立っていて,アスレチックのようなネットもあり,屋外空間があったりと,場の充実さが感じられました.多彩な交流貸スペースの他,カフェも併設されていて,実際に利用してみて,その居心地の良さや,愛称の「百万石ビブリオバウム」に込められた思いを実感できました.
 午後は長町武家屋敷跡に行き,金沢市の統計からも見えていたような外国人旅行者の関心の高さを実感できたほか,景観地区として守られてきた重要な歴史の一片を伺うことができたと感じます.
 
 5日目は,私の卒業研究に関して,2024年能登半島地震の前後における在留外国人・訪日外国人旅行者対応に関して,石川県庁の方々にインタビューを行いました.発災当時,金沢市内の旅行者には特段大きな混乱は見られなかったものの,特に能登半島地域の在留外国人への対応については,関係機関との連携の重要性や今後の課題が浮き彫りになりました.

 防災と関連付けるにあたり,在留外国人と訪日外国人のどちらを主眼に置くべきか悩んだ末,卒業論文では後者に焦点を当てることにしていました.今回のインタビューを通じて,両者の災害時における具体的な課題や現場の対応の実態をより深く理解することができました.これまで文献調査だけでは得られなかった情報や意見を伺うことで,研究にさらなる厚みを加えられそうです.

 さて,写真でお分かりだと思いますが,実は金沢には某同期がついてきてくれました.研究室所属前のプロジェクトから,留学中,そして帰国後も何かと支えてもらっていて,最後まで心強かったです.5日間本当にお疲れ様,そして今までありがとう(大泣)

 私としては,今回のインタビューを活かして今後の約1年間でさらに多くの知見を深め,5年間の集大成として納得のいく卒業論文を完成させたいと思います.長くなりましたが,ここまでお読みいただきありがとうございました!