はじめまして.市古研修士1年の高橋と申します.今回は令和8年2月16日から18日に行われた能登半島復興訪問調査についてご報告いたします.
1日目は,OGの方がお仕事で輪島市門前町のまちづくりに携わっているご縁から,町のシンボルである總持寺をはじめ,總持寺商店街や黒島地区を案内していただきました.かつて曹洞宗の大本山であった總持寺は境内が広く,歩くだけで歴史の重みを感じましたが,発災から2年以上が経過した現在でも建物の一部が損傷したままであるなど,震災の爪痕が未だに象徴的な場所に残っていることをしみじみと実感しました.
2日目は,震災時に七尾市矢田郷地区の避難所となった矢田郷コミュニティセンターを訪問し,当時主導的に避難所運営に携わっていた矢田郷地区まちづくり協議会のメンバーの方からお話を伺いました.印象的だったのは「行政を支援する」という言葉です.最初は,有事の際に公助を頼るのは当然だと思っていましたが,なぜ行政を支援するのかと疑問に感じました.しかしお話を聞く中で,その意味が理解できました.有事の際,市民である避難者は精神的に不安定になり,怒りや要求を行政にぶつけることがあります.しかし行政職員も同じように被災している当事者です.そのような極限状況の中で,伺った方は一市民でありながら状況を俯瞰し,行政職員を避難者のハラスメントから守り,行政と市民の橋渡し役を担っていたとのことでした.その視点に気づかれたこと,実践されていたことに大きな感銘を受けました.有事においては物資の準備といったハード面だけでなく,人々の心理や感情に寄り添う姿勢の重要性を改めて感じました.
午後は七尾城跡や花嫁のれん館を訪れました.本丸跡からは能登半島と日本海を一望でき,自然の豊かさを実感しました.また,花嫁のれん館では加賀独自の文化である花嫁のれんについて説明を受け,色とりどりの美しいのれんを見学しました.
最終日は,珠洲市真浦町にある集落を「現代集落」へと変貌しようとしている方からお話を伺いました.現代集落とは,外部インフラへの依存を最小限に抑え,食料やエネルギーを自給自足できる仕組みを整え,「100年後でも家族で暮らす」ことを目指すプロジェクトとのことでした.実際に古民家に設置された太陽光パネルや太陽光温水器,井戸水をろ過する機械などを紹介していただきました.まだ実験段階ではありますが,この取り組みが軌道に乗れば,日本各地にある限界集落を持続させる可能性を秘めていると感じました.
最後に,矢田郷地区まちづくり協議会の方と現代集落プロジェクトに取り組む方が共通して話されていたのは,まちを変えるのは「若者・よそ者・バカ者」だということでした.変化を生み出すには,既存の枠にとらわれない存在が必要だという意味だと思います.私は故アントニオ猪木さんの「馬鹿になれ,とことん馬鹿になれ」という言葉を思い出しました.私を含め,研究室のメンバーは良い意味で真面目で大人だと思っています(他のメンバーから「大して接点ないくせに」と思われるかもしれませんが).その良さは大切にしつつも,失敗や恥を恐れず,自分の考えやアイデアを発信していく姿勢が,被災地や人口減に直面する地域に求められているのだと感じました.「馬鹿になれ」という姿勢を,研究室全体で少し意識できたらいいなと思った3日間でした.最後までお読みいただきありがとうございました.



