学生コラム

東松島市宮戸地区,集落と住まいの再建調査

土曜日, 10月 10th, 2015
 こんにちは。市古研究室学部4年の岩本真利奈です。私は、東日本大震災の被災沿岸部の集落や住まいの再建について研究を進めています。今回は、研究の対象地である宮城県東松島市宮戸地区について紹介させていただきます。
 宮戸地区は、大浜、月浜、室浜、里浜の4つの集落が存在する島です。漁業が盛んで海苔や牡蠣、ウニなどが名産となっています。また、宮戸島は、日本三景である松島の観光地区の一つ『奥松島』の主要部であり、島内の大高森からの眺めは松島四大観の一つとされています。加えて島の東南部には、日本三大渓の一つである「嵯峨渓」があります。また、縄文人の暮らしの様子が残る里浜貝塚もあり、とても観光資源が豊富です。観光客も多く訪れていたことから、民宿を生業としている人もいます。 私は7月21日、22日に宮戸地区を訪問し、宮戸コミュニティ推進協議会の会長さんと東松島市復興都市計画課の課長さん、奥松島縄文歴史資料館の館長さんに宮戸地区での震災直後から復興の過程についてお話を伺いました。
 2011年の東日本大震災では津波により多くの建物が流されてしまいましたが、住民の方同士の結びつきの強さや津波に対する警戒意識の高さから、人的被害はほとんどありませんでした。里浜地区ではあらかじめ9つの組が編成されていて、組内で一人一人の状態(病気、歩けないなど)を把握しており、避難の際にその方たちの安否確認ができる体制ができていたそうです。また、地震が来たら津波が来ることを意識して避難することを心がけていらっしゃいました。震災で宮戸島と本土を結ぶ橋が壊れて孤立してしまったため、支援が届くのに時間を要しましたが、翌日に島の災害対策本部を自分たちで立ち上げて支援物資の要請をしたり、住民同士で食料を分け合ったりするなど住民全体で協力して、1つの避難所で避難生活を送られたそうです。震災をきっかけに島を出る方もいらっしゃいましたが、島に残る方たちは、集落ごとに仮設住宅生活を始めることになりました。災害対策本部で家族の形態に合わせてどれくらいの間取りがどれくらい必要かをまとめて市に申請し、浜ごとに自分たちで誰がどの部屋をとるか決めたそうです。防災集団移転の移転先も、集落ごとにどこに移るかを自分たちで話し合って決め、それぞれの移転先で景観にも配慮しつつ話を進めていったそうです。今はもう移転先での生活が始まっているという段階です。また、生業である漁業の再建も漁師の方々同士の協業化などを行い、ほぼ完了している状況のようです。

 今回の訪問調査で様々なお話を聞いて、宮戸島の方々の協力体制や行動力のすごさに驚かされました。
 また、市との信頼関係もしっかりしていて従前からそういったつながりがあったからこそ、迅速な集落や住まい再建につながっているのだということが分かり、改めて宮戸島の魅力を感じました。これからも調査を続けていく中で、集落・住まい再建について考察を深めていきたいです。

写真1:月浜のみんなの家
iwamoto003 写真2:室浜の移転地
iwamoto002 写真3:室浜の漁業施設
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