学生コラム

市古研究室での2年間を通じて(童 亜斐さん)

土曜日, 4月 16th, 2016

 市古研究室M2の童です。2年間研究室の皆様には大変お世話になりました。

 では、この場をお借りして日本での生活、また研究室での感想を少し書かせていただきます。

修士研究について

私は修論では、宮城県石巻市と女川町を対象に、被災地における女性たちの主体的な生活と仕事の再建活動を着目し、支援活動が立ち上げた経緯を把握する上で、社会的な要因を合わせて取り組みの変化を考察していくことを目的とするものである。

 研究対象地域である石巻の概要、活動を行っているNPOの状況を分析し、東日本大震災後の被災地における女性を取り巻き状況を整理した。それをした上で、石巻地の人口変化と男女共同参画の状況、また、震災の影響でジェンダーに基づく固定的な性別役割分担意識の変化などを分析した。それにより、女性に対して長期的な視点に立った支援の必要性が明らかにした。特に女性視点の反映、経済活動の再生、子育て女性たちが地域孤立しないような取り組みが必要だと考えられる。

 そして、被災地に立ち上げた活動を考察し、調査により得られた結果を分析した。支援を行っている団体の取り組み変化、また利用者の状況について考察した。支援拠点として、場所づくり、地域における関連情報の提供などをしながら、平常時の災害準備に向け、潜在的な役割をもっていることを明らかにした。

 指導教員の市古太郎先生には、大変お忙しいスケジュールの中で、相談に乗ってくださり、適切なご指導を賜り、調査に大変参考になりました。現地調査の際も同行してくださり、大変お世話になりました。二年間、深く感謝致します。本当にありがとうございました。



日本での留学生活について

 大学時代は日本文化に関する専攻を勉強してきた。2011年3.11東日本大震災を発生し、偶然に《The Tsunami and the Cherry Blossom》(津波そして桜 )という記録映画を見って、津波の情け容赦ない襲来、その後に何事もなかったように美しく咲く桜……被災地における人々の大変さに涙を出てきました。日本から遠い中国にいて、感じた無常と無情などいくらはかっても仕方がないなぁってずっと考えてきました。

 2013年、卒業してから日本に留学に来てました。その時、何もわからない私を市古研での勉強をさせて、本当にありがとうございました。現地調査の際、親切な石巻市の人々に大変お世話になりました。「やっぺす」さん、「ゆめハウス」さん、「ベビースマイル石巻」の代表である荒木さん、この場を借りて御礼申し上げます。

 今まで、私は自分の力で被災地における人々に何かを変わったと言える自信がないですけど、その時の私自身には「よく頑張りましたね」と言えます。

後輩たちへのメッセージ

 市古研の皆さんにも感謝の気持ちいっぱいです。同輩たち、後輩たちにも研究や平日の生活の中で、仲良く付き合ってくれて、本当に貴重な経験が出来ました。この経験を次ぎに繋げるべく、今後も一生懸命精進していくことをお約束します。2年間本当にありがとうございました。

 夢を忘れないで、自分の力で世界を変わりましょう。

 では、会える日をお待ちしております。

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市古研究室での3年間に感謝を込めて(高橋進吾)

金曜日, 4月 1st, 2016

市古研究室を無事に卒業しましたM2の髙橋進吾です。
3年間市古研究室で学べたことに感謝するとともに、これまでの市古研での活動を通して感じたことをこの場を借りて書かせて頂きます。


■市古研究室での活動を通して

 私は学部3年生の冬から市古研に配属され、そのまま大学院と計3年市古研で学ばせていただきました。私が配属されて当初は震災から2年目ということで津浪被害が大きかったところはまだ少し瓦礫が残り、多くの人が仮設住宅で生活している時期でした。そんな中市古研に入り初めて被災地に訪れるとともに、気仙沼市階上地区杉の下集落で行われている住まい再建勉強会に初めて参加したときのことは印象深く残ってます。そこには津浪被害で多くの被害を受けながらもまた同じ場所に再建したいと強い思いをもつ住民を中心とした前向きな議論がありました。私は最初「なんで危険な場所なのに戻りたいのかな?」と少し疑問に思うこともありましたが、勉強会に参加するなか住民の声や思いを聞くことで少しずつ分かるようになると同時に「よりよい住まい再建とは何か」ということを考えるようになりました。私は杉の下での住まい再建勉強会にこれまで計20回ほど参加すると同時に修士論文やその他活動で様々な地域の住まい再建にも関わることで、そこに住まう人々が自ら考え、再建の姿をイメージしながら議論していくこと自体が大事であると感じました。その結果が迅速で安全な住まい再建、コミュニティを大事にした住まい再建、未来のまちを考えた住まい再建、様々なカタチであってもそれは人々にとって「よりよい住まい再建」になるということを強く感じました。そして杉の下集落での市古先生方の支援を間近で見ることで、そうした住民の主体的な議論の場やきっかけをどう産み出していくか、どう続けていくかというのは今後の課題であるとも感じました。

 市古研での長磯浜地区住まい再建WS、野田村CWS、東京での事前防災WSなど、様々な現場に参加する機会をいただけたお陰でそうした様々な問題に向き合い、考え、感じることができたと思っています。そしてそうした経験を通して少しは成長することができたと思い、社会人になってもこの経験を活かしていきたいと思います。

■修士論文について

 私は卒論では防集事業における敷地造成設計のプロセスについてまとめ、修士論文「防災集団移転事業による住民協議型住まい再建プロセスと移転住宅地デザインワークに関する研究-東日本大震災気仙沼市階上地区におけるアクションリサーチ-」では住民による共同の住まい再建の意義や役割について言及を行った。本来ならば上物である住宅の建設は個々の話であるが、震災という特異な状況下で集団移転による住まい再建では「共同」であることが大きな意味をもつと感じ研究に邁進した。結果「共同での住まい再建」の大きな可能性をいくつか示唆することができ、それは被災地だけでなく現代の都心や郊外での住まいづくりでも「共同」は大きな可能性を含んでいるとも思えた。これについては今後も住まいに関わる仕事の中で追究していきたいと思う。

 研究に際して、市古先生はもちろん支援に参加されてた先生方には多くのご指導していただき、多くの住民の方には調査のご協力をしていただき、本当に感謝をしています。多くの人に支えられ無事に修士論文を書き上げることができ、一安心するとともに、いろんなカタチで還元していくことができればと思い、より一層がんばっていきたいと思います。

■後輩へのメッセージ

 3年間ご指導いただいた市古先生に感謝をするとともに市古研の先輩方、同期のメンバー、後輩たちにも感謝をしています。市古研はいろいろな場に関わることができる面白く、貴重な研究室なので、これからも自分の興味あるものはもちろんそれ以外にもどんどんチャレンジしていってください。最初は少し面倒に思うことやつらいこともあると思いますが、帰りの道ややりきったあとには、「来て良かった」「やってよかった」と思えるはずです。私も新しい場所でチャレンジすることを忘れず、精一杯がんばっていきたいと思います。3年間本当にありがとうございました。

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市古研究室での2年間を振り返って(土屋亮)

土曜日, 3月 12th, 2016
■修士研究について

 大規模災害は,その地域が抱える内在的な課題を20年先倒しで顕在化させるといいます.この点において,2011年に起こった東日本大震災は,人口減少社会における初の大震災であり,まさに時代の転換点の到来とも言えるインパクトを私たちにもたらしました. 修士研究の対象地に選定した気仙沼,研究室のプロジェクトで訪れた石巻,野田村,いわき….2年間かけて数々の被災地を訪れる中で,感じたことがあります.それは「どんな人(社会)も,立ち止まれど,また歩き出す」ということです.やや正確さを欠いた表現ですが,もう少し厳密に言えば「どんな地域も,レジリエントな(回復力のある)コミュニティたるポテンシャルは持っている」ということです.しかし、何らかのボトルネック―それが空間特性によるものなのか,制度設計によるものなのか,または地域が持つ歴史や風土によるものなのかはそれぞれですが―により,復興まちづくりが進まない,立ち遅れているといったケースもみられます.そのボトルネックを外し,地域が持つポテンシャルを最大限引き出す「技術」を学びながら,かつ自らも発信することをターゲットに,2年間の修士研究を進めてまいりました.

 修士研究のテーマは「東日本大震災における学校-地域の共同対処行動と災害後の防災体制の再構築に関する研究—気仙沼市階上地区を対象に—」とし,気仙沼市階上地区の取り組みを事例に,文科省が提唱する「学校からのまちづくり」のいまについてまとめました.先ほど「どんな地域にもポテンシャルはある」と述べました.それはすなわち「どんな地域にも,その地域を愛し,新たなまちづくりへの思いを持ったアクターが存在する」ということです.しかし,そうした個々の思いは何らかの形で発現されねばならず,またそれを可能にするフィールドが必要です.そうした個々の「思い」を結集し,また人々がネットワークを築き上げる拠点としての「学校」組織・施設がもつ可能性に着目し,復興まちづくりにおける方法論的可能性について考えました. もちろん,修士「研究」ですから,単なる調査報告やエッセイとは区別される必要があり,研究仮説の設定,仮説と結論の整合性の検討など,試行錯誤を重ねる必要がありました.また,研究室会議や玉川研究室との合同ゼミ,都市システム科学セミナーの中でいただいたコメントやディスカッションの内容も,修士研究を完成させるうえで血となり肉となったと感じています.インタビュー調査に応じていただいた気仙沼の方々を含め,私の修士研究に関わってくれたすべての方に感謝したいと思います.


■後輩たちへのメッセージ

 今ある環境に感謝し,最大限(その環境を)生かす心づもりでいれば,充実した時間を過ごせるのではないでしょうか.これからも,できることとできないことはあると思いますが,私も皆さんに負けないように,次のフィールドでも自分らしく頑張っていこうと思います.またどこかでお会いしましょう.2年間ありがとうございました.

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海外インターンシップ(サンフランシスコ)発表
M1の11月に大学院のインターンシップでシリコンバレー近郊へ。Evernote等IT企業、スタンフォード大学、UCバークレー等を訪問。この写真は某IT企業にて修士研究についてのプレゼンテーションを行ったときのもの
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地域安全学会(伊豆大島)発表
M2の5月に伊豆大島にて開催された地域安全学会に参加したときの写真です。気仙沼市階上地区の事例報告を中心に、発表を行った。
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よこはまのかわツアー

水曜日, 11月 25th, 2015

 今年から市古研究室に配属されました修士一年の佐藤佳愛です。
 私は横浜の河川計画から見る流域住民のコミュニティーについて研究しています。昭和30年代以降全国的に流域の都市化が進み、河川の流出量が増大する都市型水害が頻発するようになりました。この対策として、流域と一体となった総合治水対策が求められていて、近年河川の自然環境が見直され、生態系や自然風景に配慮したエコロジカルデザインが大きな潮流となりつつあります。その先駆的事例がいたち川であり、そしていたち川から始まった横浜の川づくりは和泉川で集大成となりました。そこで私は多自然型川づくりで先駆的な事例を行ったいたち川を研究対象にしました。今回は研究対象地域の第一回目の視察を行ったので、こちらで簡単に報告させていただきます。

 いたち川は都会を流れる他の河川とは見た目から異なっていました。コンクリートで全面を囲まれつつも川のすぐ傍には土のうが積まれていたり、草木が生い茂っていたりと自然と調和した河川でした。また、川のすぐ傍を歩けるような整備がなされていました。他にも区役所ではその地区の小学生が書いたいたち川が展示されていたり、図書館ではいたち川専門のコーナーがあったりするなど、住民の方のいたち川に対する愛着も伺えました。このようにいたち川では単なる護岸整備ではなく、住民と川が一つの地域となるような開発が行われていました。ただ、いたち川は地域のシンボルに留まっており、地域経済からは距離があるように感じられました。

 川を散策した際に月に一回活動されている河川保護団体の方達がいることを知り、現在はこの活動にご一緒させていただいています。今後はこの方達を始め流域住民の方達がいたち川のことをどう思っているのかを修士論文で研究していきたいと考えております。

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東松島市宮戸地区,集落と住まいの再建調査

土曜日, 10月 10th, 2015
 こんにちは。市古研究室学部4年の岩本真利奈です。私は、東日本大震災の被災沿岸部の集落や住まいの再建について研究を進めています。今回は、研究の対象地である宮城県東松島市宮戸地区について紹介させていただきます。
 宮戸地区は、大浜、月浜、室浜、里浜の4つの集落が存在する島です。漁業が盛んで海苔や牡蠣、ウニなどが名産となっています。また、宮戸島は、日本三景である松島の観光地区の一つ『奥松島』の主要部であり、島内の大高森からの眺めは松島四大観の一つとされています。加えて島の東南部には、日本三大渓の一つである「嵯峨渓」があります。また、縄文人の暮らしの様子が残る里浜貝塚もあり、とても観光資源が豊富です。観光客も多く訪れていたことから、民宿を生業としている人もいます。 私は7月21日、22日に宮戸地区を訪問し、宮戸コミュニティ推進協議会の会長さんと東松島市復興都市計画課の課長さん、奥松島縄文歴史資料館の館長さんに宮戸地区での震災直後から復興の過程についてお話を伺いました。
 2011年の東日本大震災では津波により多くの建物が流されてしまいましたが、住民の方同士の結びつきの強さや津波に対する警戒意識の高さから、人的被害はほとんどありませんでした。里浜地区ではあらかじめ9つの組が編成されていて、組内で一人一人の状態(病気、歩けないなど)を把握しており、避難の際にその方たちの安否確認ができる体制ができていたそうです。また、地震が来たら津波が来ることを意識して避難することを心がけていらっしゃいました。震災で宮戸島と本土を結ぶ橋が壊れて孤立してしまったため、支援が届くのに時間を要しましたが、翌日に島の災害対策本部を自分たちで立ち上げて支援物資の要請をしたり、住民同士で食料を分け合ったりするなど住民全体で協力して、1つの避難所で避難生活を送られたそうです。震災をきっかけに島を出る方もいらっしゃいましたが、島に残る方たちは、集落ごとに仮設住宅生活を始めることになりました。災害対策本部で家族の形態に合わせてどれくらいの間取りがどれくらい必要かをまとめて市に申請し、浜ごとに自分たちで誰がどの部屋をとるか決めたそうです。防災集団移転の移転先も、集落ごとにどこに移るかを自分たちで話し合って決め、それぞれの移転先で景観にも配慮しつつ話を進めていったそうです。今はもう移転先での生活が始まっているという段階です。また、生業である漁業の再建も漁師の方々同士の協業化などを行い、ほぼ完了している状況のようです。

 今回の訪問調査で様々なお話を聞いて、宮戸島の方々の協力体制や行動力のすごさに驚かされました。
 また、市との信頼関係もしっかりしていて従前からそういったつながりがあったからこそ、迅速な集落や住まい再建につながっているのだということが分かり、改めて宮戸島の魅力を感じました。これからも調査を続けていく中で、集落・住まい再建について考察を深めていきたいです。

写真1:月浜のみんなの家
iwamoto003 写真2:室浜の移転地
iwamoto002 写真3:室浜の漁業施設
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伊豆大島台風26号水害の避難と生活再建に関するフィールドワーク

土曜日, 10月 10th, 2015
 今年から市古研に配属されました学部4年の髙橋拓宙です。
私は現在、“避難”に関する研究を進めており、一昨年に起こりました伊豆大島土石流災害について現地調査を行っています。そこでは土石流災害が起こってから(又は起こる前から)住民の方々がどのように避難行動をとったか、またそれがどのような理由で行われたものなのか、災害が起こる前の日常生活から、そして過去経験などといった点から住民へインタビュー調査を行い、研究を進めています。こちらではその調査の経過報告と伊豆大島について簡単ではありますが報告させていただきます。
 私は今まで伊豆大島への調査は今まで3回程行っています。現在、土石流被害のあった地区では、メモリアル公園などの地区別の土地利用方針や、流路の拡幅、堆積工・導流堤などの整備といった復興計画の話は進んでいるが、未だ土石流によって被害を受けた地区の多くが(神達、丸塚など)更地となっています。また、上記にあるように流路の拡幅による周辺地域住民の立ち退き問題などがあり、これからも課題・問題が出てくると考えられます。
 その中で、私は7月中頃に住民へのインタビュー調査を行い、7組の方にお世話になりました。住民の方々への単独での調査は今回が初めてであったため最初から上手くお話を進めていくことができませんでしたが、住民の方々には私の質問に1つ1つ丁寧にお答えくださり、そして同行していただいた大島社会福祉協議会の草野様には訪問する際のアドバイスなど教えていただき大変お世話になりました。この調査を通し、多くのことを学び、そして気づかされ、とても有意義な時間を過ごすことができました。今後、自身の卒業研究に向けこの地で多くをインプットし、最後にそれをアウトプットできるよう研究を進めて参りたいと考えております.

    元町3丁目元町橋より少し上流部より ooshima_meijin001 神達地区の椿園残存建物屋上より御神火スカイライン(土石流流出部)に向けて ooshima_meijin002

野田村復興まちづくりシャレットワークショップ

金曜日, 3月 20th, 2015

 現在大学院修士1年の高橋です。

 今回は2月10日、11日に行われた野田村CWS報告会に参加してまいりましたのでそのご紹介をしたいと思います。

 その前にまず野田村CWSとは・・・

  4年前の東日本大震災による津波により東北沿岸部は甚大な被害を受け、岩手県野田村も津波による甚大な被害を受けた地域の一つです。私の所属している市古研究室では震災後、毎年夏に他の研究室や他の大学や高専と合同で「野田村復興まちづくりCWS」を実施し、冬には野田村の住民さん方に向けた提案の報告会を行ってきました。CWS(シャレットワークショップ)では野田村が抱えている問題やこれからの復興まちづくりについて、外部の人間である我々学生が何らかの貢献はできないかということで毎年CWSを通して様々な提案を行っております。

 去年の野田村CWSでは・・・

  漁業と農業のなりわい体験に加え、住民さんの家への民泊体験も行いました。私は漁業班ということで、ホタテ漁師さんの家に民泊させていただき、また実際の沖にでての漁や漁港での作業など貴重な体験をさせていただきました。より野田村について深く知り、そして野田村の方々と触れ合うことで「野田村らしい提案」の検討を目指しました。その過程でCWS期間中のヒアリングやなりわい体験を通して新しい「番屋」の設計を行い、漁師さん方にプレゼンを行うこともできました。

 2月の冬の報告会では・・・

  野田村役場の方だけでなく、多くの住民の皆さんも参加していただいて、漁業班・農業班・中心市街地班の3つのチームによる提案のプレゼンを行いました。私の漁業班では、主に「番屋の6次産業化」と「民泊プログラムをより充実させる提案」についてのプレゼンを行いました。各班とも夏のCWSを通して感じたことや、聞いたこと、考えたことをもとに東京で提案の検討を行い、それを形にして野田村の皆さんにお返しすることができたと感じました。住民の皆さんからも様々な感想や意見をいただくことができ、より一層この報告会を通して交流ができたとも感じました。

  私は今回で野田村CWSの参加は2回目ですが、CWSを通して結果としてなにを提案したか、どんなものをつくったかということが一番の目的ではなく、その過程で外部の人間である私たちが野田村の人々と交流し、野田村の今後を考えていく、それ自体が大事なのだと感じました。震災から4年が経ち、復興住宅や自立再建の住宅などが多くの地域で見られるようになってきて、被災地における復興が個々の復興から村や地域といった全体の復興に変わりつつある今、学生である自分はなにができるのか?なにをすべきなのか?そういったことを常に考えながら、今後も野田村CWSはもちろん他の復興支援活動や研究に取り組んでいきたいです。

P.S 

 11月に行われた首都大学東京学祭にて「おれの野田村」を出店し、見事大盛況ですべて完売することができました。野田村の方も来ていただいてとても楽しく、野田村のおいしい食べ物を皆さんに知っていただきことができたと感じました。来年も出店したいと思いますので興味のある方は是非!!

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台湾銘伝大学都市計画・防災管理学科との交流セミナー

土曜日, 12月 20th, 2014

 市古研究室M1の童です。

 報告が遅くなりましたが、10月29日、30日の二日間に私が参加させていただいて、台湾銘伝大学都市計画・防災管理学科との交流セミナーを報告したいと思います。

 昨年度8月20日〜8月21日にも台湾銘伝大学と都市システム科学域の国際交流セミナーが首都大南大沢キャンパスに開催されました。

 今年度、1日目は首都大南大沢キャンパスの国際交流会館で学生中心としてグループ(台湾)および個人報告(首都大)セミナーを行いました。台湾銘伝大学は「台北におけるまちづくり」や「市民防災ワークショップ」の取り組みを報告しました。市古研M1の土屋さんも東日本大震災津波被災地における小学校の統廃合が地域防災力に与える影響に関して発表しました。お互いに先生および学生も積極的に質問出しました。交流セミナー後、2コースで南大沢周辺小学校と多摩センターに見学に行きました。

 2日目は谷中のスタディーツアーです。谷中地域の特徴やまちづくり現状に関心しました。台湾銘伝大学の学生も事前防災(避難施設、道路確保など)に対して気づきました問題をめぐって発表しました。

 今回の交流セミナーを通して、国際交流は都市まちづくりと防災・復興における重大な役割を持っていると思います。今後台湾への訪問に期待しています.

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雄勝水浜集落の集落再建調査

金曜日, 8月 29th, 2014

 学部4年の宮武です。

 今回は、私が卒業論文で携わっている石巻市雄勝町水浜集落を紹介したいと思います。

 この地区では昔遠洋漁業が盛んに行われていましたが漁業区域の規制により、現在は養殖のホタテ、わかめ、ホヤが名産となっています。海もきれいで緑も多く自然豊かな地域です。

 そんな中、2011年3月11日東日本大震災により死者1名行方不明者8名、家屋の9割が全壊または流出という甚大な被害を受けました。しかし明治・昭和三陸、チリ津波など津波常襲地域の住民の津波に対する意識は高く、地震直後に高台へ避難された方が多くいらっしゃいました。その日から仮設住宅ができるまでの間、住民は旧水浜保育所で避難生活を過ごしました。震災の影響で通行止めや通信途絶となったためまさに陸の孤島のような状況でしたが全員で協力し合い、山から引く給水設備を備え、衛生管理を徹底し、食事も一日2回摂りながら避難所生活を乗り越えていらっしゃいました。仮設の建設が終わり水浜仮設に入居したのが6/2、「互いに思いやり助け合う」「明るく楽しい」「また来たくなる」コミュニティ作りを目指して生活を始めました。現在は仮設の跡地が集団移転先となったので、水浜仮設は取り壊され住民は他地域の仮設へと移転されています。集団移転事業については現在造成工事が始まり来年の夏に入居予定です。


 水浜集落は専門家による支援はありませんが、高齢化が進んでいる中住民が主体となって助け合いながら復興に向けて頑張っています。水浜の皆さんはとても優しく力強いです。インタビューではその力強さを直接感じることができ刺激を頂いています。今後も水浜集落の復興について住民の取り組みや生活再建に注目して見ていきたいです。

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研究室での1年間を通じて

火曜日, 2月 25th, 2014

市古研究室B4の江間です。1年間研究室の皆様には大変お世話になりました。

研究室での1年間の感想をこの場をお借りして少し書かせていただきます。

■特別研究(卒業論文)に関して

 私は東松島市のグリーンタウンやもと応急仮設住宅の住民の方々のご協力をいただき、仮設住宅地における近隣コミュニティの形成とその空間に関する研究を行ないました。現地に何回か訪問し、東日本大震災の被災地の現状に向き合いました。グリーンタウンやもとの皆様、本当にありがとうございました。

 この研究を通じてフィールドワークから研究成果以外の事においても様々な発見がありました。

 今まで把握していた被害よりも悲惨な現状であったということ。しかしそのような状況の中で、応急仮設住宅での生活を余儀なくされた方であっても、前向きで自立的に活動し復興に向かっているということ。仮設住宅での生活はやはり恵まれたものではないということ。インタビュー調査の難しさ。東北の冬は冷える。東北弁も次第に聞き取れるようになる、など多くの発見があり貴重な経験が出来ました。

 今後は実家の浜松市に戻り就職を予定してますが、この経験を通じて学んだことを行かせる場面があれば光栄です。

 支えて下さった皆様は本当にありがとうございました。

■研究室のプロジェクトに関して

 私はこの一年間で、野田村復興まちづくりシャレットWS、気仙沼集落防災集団復興支援、豊島区雑司ヶ谷復興まちづくりWS、高校避難所WS、小学校安心安全のまちづくりWSなど様々など研究室のプロジェクトに参加させていただきました。どれも市古研究室でしか経験できない貴重な時間で、防災に関して深く勉強することができました。防災に関しては今後の日本においてとても重要な課題になります。これから社会に出る身として、ここでの経験を活かしていきたいと思います。

■全体を通じて

 研究室の皆様やご協力して下さった皆様、本当にありがとうございました。

 被災地の「いま」に触れ、専門家または一般の方と一緒に防災に関するWSを通じて、災害に関する危機意識を高めることができました。海を渡って防災を学びに来日されたメンバーをはじめ、研究室のメンバーの熱心な取り組む姿勢も素晴らしく、時に個性豊かな会話が飛び交い、また共に現地に出向き調査が出来て充実した一年間でした。

 市古先生はご自身の研究が忙しい中、学生の相談に乗っていただき、またご指導いただき本当にありがとうございました。学生として最後の一年間、自分を成長させることが出来たと思います。

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修士論文を提出してみた,感じた.

土曜日, 1月 11th, 2014

(1)日頃の蓄積と纏めの大事さ

・毎回の調査纏めやゼミ報告の資料を修士論文のように纏めておく。(自分はしっかりしなかったため大変苦労した)

・論文に使える資料を最初から適切に整理する。

(2)早めに手を出す

・皆大体12月から書いているというイメージが強いが、前もって書くのが何よりもラク。

・時間が迫ってきたら、論文を提出するための書く作業になってしまい、論文の質が低下するようになってしまう。

・どうしても提出時間に間に合うように作業を進める。

(3)留学生の後輩に

・日本語の勉強の大事さ(特に書く作業について日頃からの鍛えが大変必要)

→論文らしく書くのに、論文を読むことと資料なども論文用語で書くようにする

・頭に入っている物を文書にする際思ったより時間かかるのでお早めに書く

(4)早めに論文纏めの日程を頭に入れとく

・自分の日程と先生の日程を配慮しながら(自分は今回の論文纏めの際先生に大変お世話になりました)

・自分の場合、本論を修正するのに書くことと同じ位時間かかったので、提出前の論文修正に余裕を持つ。


栄村調査(仮)

木曜日, 5月 9th, 2013

私は市古研究室M2のサチルラトです。長野県北部地震から栄村における集落復興に関する研究を行っています。

2011年3月12日3時59分15秒頃、長野県北部の新潟県との県境付近を震源とするM6.7長野県北部地震が発生し、栄村は大きな被害を受けました。震災で最も被害が多かった青倉集落と小滝集落を対象地域として、震災後からの集落の空間変化に注目し、様々な調査を行っています。 2012年青倉集落とs小滝集落で3回の現地調査を行い、主に建物の解体・新築状況、農地再建状況、集落の空間変化などについて調査を行い、2012年12月都市ゼミで発表しました。

2013年4月、栄村の研究について2回目発表し、4月15日から栄村で三日間の現地を行いました。今年の4月の調査では、市古先生、宮川さん(建築家、首都大の先輩)と研究室のスウさん、蘇悦さんと同行し、青倉集落と小滝集落で空間調査を行い、栄村NPOの松尾先生と渡邉加奈子さんのお話を聴きました。スウさんと私は青倉集落の2012年12月入居できた復興住宅に住んでいる渡邉加奈子さんのお宅で二日間泊まらせて頂き、本格味の中華餃子パーティを行い、とても楽しかったです。

今年4月の調査の時、栄村でかなりの雪が残っていたが春の訪れに伴い咲き始めた花々や山の緑と白い雪の中で調査をしながら、集落の独特な風景を感じました。また、現地調査の時、集落の方々の温かいご挨拶や元気な話を聴いて感動しました。今年も二つの集落で、空間変化、農地、集落の土地利用や集落の水環境などについて調査を行う予定をしています。 震災から集落復興に関する現地調査をしっかり行い、自分の修士論文で詳しく纏めていきたいと決心しています。これからも研究室のメンバーと一緒に頑張っていきます。

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