年別アーカイブ:2015年

  • 2015年11月25日よこはまのかわツアー

     今年から市古研究室に配属されました修士一年の佐藤佳愛です。
     私は横浜の河川計画から見る流域住民のコミュニティーについて研究しています。昭和30年代以降全国的に流域の都市化が進み、河川の流出量が増大する都市型水害が頻発するようになりました。この対策として、流域と一体となった総合治水対策が求められていて、近年河川の自然環境が見直され、生態系や自然風景に配慮したエコロジカルデザインが大きな潮流となりつつあります。その先駆的事例がいたち川であり、そしていたち川から始まった横浜の川づくりは和泉川で集大成となりました。そこで私は多自然型川づくりで先駆的な事例を行ったいたち川を研究対象にしました。今回は研究対象地域の第一回目の視察を行ったので、こちらで簡単に報告させていただきます。

     いたち川は都会を流れる他の河川とは見た目から異なっていました。コンクリートで全面を囲まれつつも川のすぐ傍には土のうが積まれていたり、草木が生い茂っていたりと自然と調和した河川でした。また、川のすぐ傍を歩けるような整備がなされていました。他にも区役所ではその地区の小学生が書いたいたち川が展示されていたり、図書館ではいたち川専門のコーナーがあったりするなど、住民の方のいたち川に対する愛着も伺えました。このようにいたち川では単なる護岸整備ではなく、住民と川が一つの地域となるような開発が行われていました。ただ、いたち川は地域のシンボルに留まっており、地域経済からは距離があるように感じられました。

     川を散策した際に月に一回活動されている河川保護団体の方達がいることを知り、現在はこの活動にご一緒させていただいています。今後はこの方達を始め流域住民の方達がいたち川のことをどう思っているのかを修士論文で研究していきたいと考えております。

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  • 2015年10月10日東松島市宮戸地区,集落と住まいの再建調査
     こんにちは。市古研究室学部4年の岩本真利奈です。私は、東日本大震災の被災沿岸部の集落や住まいの再建について研究を進めています。今回は、研究の対象地である宮城県東松島市宮戸地区について紹介させていただきます。
     宮戸地区は、大浜、月浜、室浜、里浜の4つの集落が存在する島です。漁業が盛んで海苔や牡蠣、ウニなどが名産となっています。また、宮戸島は、日本三景である松島の観光地区の一つ『奥松島』の主要部であり、島内の大高森からの眺めは松島四大観の一つとされています。加えて島の東南部には、日本三大渓の一つである「嵯峨渓」があります。また、縄文人の暮らしの様子が残る里浜貝塚もあり、とても観光資源が豊富です。観光客も多く訪れていたことから、民宿を生業としている人もいます。 私は7月21日、22日に宮戸地区を訪問し、宮戸コミュニティ推進協議会の会長さんと東松島市復興都市計画課の課長さん、奥松島縄文歴史資料館の館長さんに宮戸地区での震災直後から復興の過程についてお話を伺いました。
     2011年の東日本大震災では津波により多くの建物が流されてしまいましたが、住民の方同士の結びつきの強さや津波に対する警戒意識の高さから、人的被害はほとんどありませんでした。里浜地区ではあらかじめ9つの組が編成されていて、組内で一人一人の状態(病気、歩けないなど)を把握しており、避難の際にその方たちの安否確認ができる体制ができていたそうです。また、地震が来たら津波が来ることを意識して避難することを心がけていらっしゃいました。震災で宮戸島と本土を結ぶ橋が壊れて孤立してしまったため、支援が届くのに時間を要しましたが、翌日に島の災害対策本部を自分たちで立ち上げて支援物資の要請をしたり、住民同士で食料を分け合ったりするなど住民全体で協力して、1つの避難所で避難生活を送られたそうです。震災をきっかけに島を出る方もいらっしゃいましたが、島に残る方たちは、集落ごとに仮設住宅生活を始めることになりました。災害対策本部で家族の形態に合わせてどれくらいの間取りがどれくらい必要かをまとめて市に申請し、浜ごとに自分たちで誰がどの部屋をとるか決めたそうです。防災集団移転の移転先も、集落ごとにどこに移るかを自分たちで話し合って決め、それぞれの移転先で景観にも配慮しつつ話を進めていったそうです。今はもう移転先での生活が始まっているという段階です。また、生業である漁業の再建も漁師の方々同士の協業化などを行い、ほぼ完了している状況のようです。

     今回の訪問調査で様々なお話を聞いて、宮戸島の方々の協力体制や行動力のすごさに驚かされました。
     また、市との信頼関係もしっかりしていて従前からそういったつながりがあったからこそ、迅速な集落や住まい再建につながっているのだということが分かり、改めて宮戸島の魅力を感じました。これからも調査を続けていく中で、集落・住まい再建について考察を深めていきたいです。

    写真1:月浜のみんなの家
    iwamoto003 写真2:室浜の移転地
    iwamoto002 写真3:室浜の漁業施設
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  • 2015年10月10日伊豆大島台風26号水害の避難と生活再建に関するフィールドワーク
     今年から市古研に配属されました学部4年の髙橋拓宙です。
    私は現在、“避難”に関する研究を進めており、一昨年に起こりました伊豆大島土石流災害について現地調査を行っています。そこでは土石流災害が起こってから(又は起こる前から)住民の方々がどのように避難行動をとったか、またそれがどのような理由で行われたものなのか、災害が起こる前の日常生活から、そして過去経験などといった点から住民へインタビュー調査を行い、研究を進めています。こちらではその調査の経過報告と伊豆大島について簡単ではありますが報告させていただきます。
     私は今まで伊豆大島への調査は今まで3回程行っています。現在、土石流被害のあった地区では、メモリアル公園などの地区別の土地利用方針や、流路の拡幅、堆積工・導流堤などの整備といった復興計画の話は進んでいるが、未だ土石流によって被害を受けた地区の多くが(神達、丸塚など)更地となっています。また、上記にあるように流路の拡幅による周辺地域住民の立ち退き問題などがあり、これからも課題・問題が出てくると考えられます。
     その中で、私は7月中頃に住民へのインタビュー調査を行い、7組の方にお世話になりました。住民の方々への単独での調査は今回が初めてであったため最初から上手くお話を進めていくことができませんでしたが、住民の方々には私の質問に1つ1つ丁寧にお答えくださり、そして同行していただいた大島社会福祉協議会の草野様には訪問する際のアドバイスなど教えていただき大変お世話になりました。この調査を通し、多くのことを学び、そして気づかされ、とても有意義な時間を過ごすことができました。今後、自身の卒業研究に向けこの地で多くをインプットし、最後にそれをアウトプットできるよう研究を進めて参りたいと考えております.

      元町3丁目元町橋より少し上流部より ooshima_meijin001 神達地区の椿園残存建物屋上より御神火スカイライン(土石流流出部)に向けて ooshima_meijin002
  • 2015年3月20日野田村復興まちづくりシャレットワークショップ

     現在大学院修士1年の高橋です。

     今回は2月10日、11日に行われた野田村CWS報告会に参加してまいりましたのでそのご紹介をしたいと思います。

     その前にまず野田村CWSとは・・・

      4年前の東日本大震災による津波により東北沿岸部は甚大な被害を受け、岩手県野田村も津波による甚大な被害を受けた地域の一つです。私の所属している市古研究室では震災後、毎年夏に他の研究室や他の大学や高専と合同で「野田村復興まちづくりCWS」を実施し、冬には野田村の住民さん方に向けた提案の報告会を行ってきました。CWS(シャレットワークショップ)では野田村が抱えている問題やこれからの復興まちづくりについて、外部の人間である我々学生が何らかの貢献はできないかということで毎年CWSを通して様々な提案を行っております。

     去年の野田村CWSでは・・・

      漁業と農業のなりわい体験に加え、住民さんの家への民泊体験も行いました。私は漁業班ということで、ホタテ漁師さんの家に民泊させていただき、また実際の沖にでての漁や漁港での作業など貴重な体験をさせていただきました。より野田村について深く知り、そして野田村の方々と触れ合うことで「野田村らしい提案」の検討を目指しました。その過程でCWS期間中のヒアリングやなりわい体験を通して新しい「番屋」の設計を行い、漁師さん方にプレゼンを行うこともできました。

     2月の冬の報告会では・・・

      野田村役場の方だけでなく、多くの住民の皆さんも参加していただいて、漁業班・農業班・中心市街地班の3つのチームによる提案のプレゼンを行いました。私の漁業班では、主に「番屋の6次産業化」と「民泊プログラムをより充実させる提案」についてのプレゼンを行いました。各班とも夏のCWSを通して感じたことや、聞いたこと、考えたことをもとに東京で提案の検討を行い、それを形にして野田村の皆さんにお返しすることができたと感じました。住民の皆さんからも様々な感想や意見をいただくことができ、より一層この報告会を通して交流ができたとも感じました。

      私は今回で野田村CWSの参加は2回目ですが、CWSを通して結果としてなにを提案したか、どんなものをつくったかということが一番の目的ではなく、その過程で外部の人間である私たちが野田村の人々と交流し、野田村の今後を考えていく、それ自体が大事なのだと感じました。震災から4年が経ち、復興住宅や自立再建の住宅などが多くの地域で見られるようになってきて、被災地における復興が個々の復興から村や地域といった全体の復興に変わりつつある今、学生である自分はなにができるのか?なにをすべきなのか?そういったことを常に考えながら、今後も野田村CWSはもちろん他の復興支援活動や研究に取り組んでいきたいです。

    P.S 

     11月に行われた首都大学東京学祭にて「おれの野田村」を出店し、見事大盛況ですべて完売することができました。野田村の方も来ていただいてとても楽しく、野田村のおいしい食べ物を皆さんに知っていただきことができたと感じました。来年も出店したいと思いますので興味のある方は是非!!

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